大通事件(退職の意思表示の撤回)

大通事件(大阪地裁平成10年7月17日判決)
「労働者による退職又は辞職の表明は、使用者の態度にかかわらず確定的に雇用契約を終了させる旨の意思が客観的に明らかな場合に限り、辞職の意思表示と解すべきであって、そうでない場合には、合意解約の申込みと解すべきであるとした。」


[事案の概要]
Xは、自動車貨物運送業を営む株式会社であるYに雇用され、主として、A会社B工場に定期的に鋼材を運搬する業務に従事していた。平成8年8月23日、Xは、B工場において、鋼材の荷降ろし作業をしていたが、A社の従業員がXの作業を妨害しようとしているものと思い込み、これとトラブルを起こすなどした。同月26日、Yが、Xに一週間の休職処分を言い渡すと、XはA会社側の従業員が処分されないことなどに納得せず、「もう辞めたるわ」と言って事務所を飛び出していった。Xは、同月28日、Yの常務Cに対し、電話で復職させてほしい旨申し入れたが、Yはこれを拒否し、同年9月5日付け書面において、Xに対し、退職申出の承諾又は解雇を通知した。

[判決の要旨]
労働者による一方的退職の意思表示(以下「辞職の意思表示」という。)は、期間の定めのない雇用契約を、一方的意思表示により終了させるものであり、相手方(使用者)に到達した後は、原則として撤回することはできないと解される。しかしながら、辞職の意思表示は、生活の基盤たる従業員の地位を、直ちに失わせる旨の意思表示であるから、その認定は慎重に行うべきであって、労働者による退職又は辞職の表明は、使用者の態度如何にかかわらず確定的に雇用契約を終了させる旨の意思が客観的に明らかな場合に限り、辞職の意思表示と解すべきであって、そうでない場合には、雇用契約の合意解約の申込と解すべきである。かかる観点からXが平成8年8月26日にしたC常務に対する言動をみるに、Xは、「会社を辞めたる。」旨発言し、C常務の制止も聞かず退出していることから、右Xの言動は、Yに対し、確定的に辞職の意思表示をしたとみる余地がないではない。しかしながら、Xの「会社をやめたる。」旨の発言は、C常務から休職処分を言い渡されたことに反発してされたもので、仮にYが右処分を撤回するなどしてXを遺留した場合にまで退職の意思を貫く趣旨であるとは考えられず、C常務も、飛び出していった原告を引き止めようとしたほか、翌8月27日にもその意思を確認する旨の電話をするなど、Xの右発言を、必ずしも確定的な辞職の意思表示とは受け取っていなかったことが窺われる。
したがって、これらの事情を考慮すると、Xの右「会社を辞めたる。」旨の発言は、使用者の態度如何にかかわらず確定的に雇用契約を終了させる旨の意思が客観的に明らかものであるとは言い難く、右Xの発言は、辞職の意思表示ではなく、雇用契約の合意解約の申込であると解すべきである。〈Xの行為は、〉いずれも、Yの企業秩序に重大な影響を与える行為ないしYとの信頼関係に重大な影響を」与える行為であり、これに加え、Xが、いったん退職の申込をしたことをも考慮すれば、Yが、もはやXとの雇用関係を維持することができないと考えたことは、やむを得ないことであるといわなければならない。そして、XがYに雇用されていた期間は1年6ヶ月余りにすぎないこと、Xはまだ30歳代前半であり、大型免許及びフォークリフトの免許を有し、再就職も困難ではないことをも併せ考慮すると、Xは、入社以来、おおむねまじめに勤務しており、過去に処分歴もんないこと、Xは、退職の意思表示を遅くとも2日後には撤回し、社長に謝りたいと申し出るなど反省の態度を示したこと、YにはA会社の他にも、フリーの運転手をはじめ他に職種があること等を考慮しても、本件解雇が社会通念上著しく相当性を欠くものであるとまでは言えないというべきである。したがって、Yによる解雇の意思表示(遅くとも、平成8年9月5日に行われたもの。)は、解雇権の濫用となるものではなく、有効である。