白頭学院事件(退職の意思表示の撤回)

白頭学院事件(大阪地裁平成9年8月29日判決)
「労働者による雇用契約の合意解約の申込は、使用者の承諾の意思表示が労働者に到達し、雇用契約終了の効果が発生するまでは、使用者に不測の損害を与えるなど信義に反すると認められるような特段の事情がない限り、労働者においてこれを撤回することができるとした。」


[事案の概要]
Xは、Yの設置する中学校及び高校において、体育教員として勤務する者である。Xは、平成6年8月から平成7年5月にかけて、生徒の母親Aと情交関係を結んでいたが、平成7年12月14日、Aの元夫Bからこれを理由に暴行を受け、また、Bは、Xに対し、携帯電話で校長に電話してやめるというよう強迫したので、Xは、やむなく学校に電話し、校長に対して学校を辞めたい旨告げた。同月20日、Xは、校長の勧奨を受け、退職願を書いて校長に手渡した。校長は、Yの任免及び懲戒権者で理事長に電話してこれを報告し、理事長の了承をえた。一方、Xは、帰宅後、退職を取りやめようと考え、校長に架電し、退職願を撤回する旨伝えた。


[判決の要旨]
〈12月14日の退職の意思表示について〉Xは、平成7年12月14日、Bの強度かつ執拗な強迫によって、畏怖を抱き、その畏怖によって、退職する旨の意思表示をなしたが、平成8年6月6日、右意思表示を取り消す旨の意思表示をし、右意思表示は翌7日にYに到達しており、右強迫による退職の意思表示はとりけされたものと認められる。〈12月20日の退職の意思表示について〉Xは、平成7年12月20日、校長に対して退職願を提出しており、XはYに対しこれにより雇用契約の合意解約の申込をしたものと認めることができる。これに対し、Xは、校長に退職願を預けただけであり、合意解約の申込に該当しない旨主張するが、X本人によれば、Xは、真に退職する意思を有していたことが認められ、Xの右主張は採用できない。労働者による雇用契約の合意解約の申込は、これに対する使用者の承諾の意思表示が労働者に到達し、雇用契約終了の効果が発生するまでは、使用者に不測の損害を与えるなど信義に反すると認められるような特段の事情がない限り、労働者においてこれを撤回できると解するのが相当である〈中略〉。Xは、合意解約の申込から約2時間後にこれを撤回したのであって、Yに不測の損害を与えるなど信義に反すると認められるような特段の事情が存在することは窺われず、Xは、理事長による承諾の意思表示がXに到達する前に、合意解約の申込を有効に撤回したとものと認められるので、Yの合意解約が成立したとの主張は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。〈なお、Yが予備的に主張したXを懲戒解雇する旨の意思表示について、〉教師には生徒の保護者と協力して生徒の健全な育成を目指すことが期待されるところ、原告は妻子がありながら原告の指導する生徒の母親と情交関係を持ったものであって、原告の行為は単なる私生活上の非行とはいえず、社会生活上の倫理及び教育者に要求される高度の倫理に反しており、教職員としての品位を失い、被告の名誉を損ずる非行にがいとうすること〈中略〉に照らすと、Xが問われるべき責任は軽いものとはいえない。〈中略〉Xに有利な点を考慮しても、Xに対する懲戒解雇が相当性を欠き懲戒権を濫用したものとは認めることはできない。