グリコ協同乳業事件(配置転換・勤務場所の限定)

グリコ協同乳業事件(松江地裁昭和47年2月14日判決)
「将来会社の幹部職員となることが予定されているような者については、全事業場を労働契約上の勤務場所と解することも可能であるとし、また、勤務場所が広範囲である労働者については、会社の合併後において、労働契約上の勤務場所は当然変更を受けるものとした。」


[事案の概要]
A社は本社を大田市、事業所を大田市及び松山市に有する地域企業である。Xは、A社に入社以来、決算業務等の事務業務に従事してきたが、A社が関係各社と合併してできたY社は、Xに対して、山陰事業部(大田市所在)から中国事業部(広島県所在)のセールス系統職種への配転を命じた。XはA社入社以来、大田市に自宅を構え、両親(父70歳、母54歳)と妻と同居していた。Xの父は会社を経営していたが、その経営は思わしくなく、負債を抱えており、また、Xの母は、肝硬変を患い、まだ1年ほどの安静加療を要する状態であって、Xの妻は、勤務先を辞め、専ら母の看病と家事に従事していた。


[判決の要旨]
〈勤務地の変更について〉労働者の勤務場所は労働契約の要素であるから、会社がすでに労働契約の内容となつている勤務場所を変更するためには、労働者の同意を必要とし、その同意を欠く一方的な転勤命令は労働契約に反し、無効であるというべきである。そこで、労働契約において勤務場所が明確に特定されている場合は別として、これが明らかでない場合には、労働者の入社資格、入社時の事情、会社における地位・職種、会社の規模・事業内容など及び労働慣行によつて労働契約の内容となつている勤務場所がどこか、あるいはどの範囲かを決するほかない。そして、大学卒業の資格で入社し、将来会社の幹部職員となることが予定されているような場合には会社の事業所が各地に点存していても、その全部が労働契約上の勤務場所と解することも可能である。問題は、会社が合併した場合に、労働契約の内容となつている勤務場所がどのような影響を受けるかということである。会社の合併により経営規模が拡大し、事業所が増え、営業活動が地域的にも広範囲にわたることになつた場合において必然的に人事交流が要求されることになるが、この場合旧会社当時の労働契約の内容となつていた勤務場所の範囲に全く変更がないと解するのは、あまりにも会社の合併による事情の変更を考慮しない考え方といわざるを得ない。もつとも、勤務場所につき労働契約により明示して特定されている者あるいは明示されていなくても中学卒業者で工員・作業員として現地採用され転勤など全く予定されていなかつた者などについては会社の合併により勤務場所が変更されるものではない。しかし、勤務場所につき右のような特定がなく会社における地位・職種などから労働契約上の勤務場所が広範囲であると解せられている労働者の場合には、会社の合併により労働契約上の勤務場所は当然変更を受け、合併後の会社における地位・職種、会社の規模・事業内容など及び労働慣行により改めて労働契約の内容としての勤務場所の範囲が定まると解するのが相当である。このような考え方に立つて本件についてみるに、Xは前記認定のとおり大学卒でA会社では主任(又は主任待遇)の地位にあり労働契約上の勤務場所が特定されていた者でもなく、合併後のYにおいても将来中堅幹部職員になりうるものと目され、広域人事の対象とされていた者であるから、Yにおける労働契約上の勤務場所は、全事業所がその範囲内であるかどうかは別として、少なくとも中国事業本部(中国事業部及び山陰事業部)内の事業所はその範囲内であると解すべきであり、したがつて、本件転勤命令はその範囲内での転勤を命ずるものであるから、労働契約に反するものではないといわなければならない。〈職種変更について〉Xは中国事業部に配置転換前は事務系統の職種に、そして配転後はセールス系統の職種に従事していることが認められる。ところで労働者は労働契約で特定された職種にのみ従事する義務を負い、使用者は当該労働者の承諾その他これを根拠づける特段の事由なくして恣りにその範囲を逸脱することは許されないと解するのが相当である。A会社はXの前歴からみてその有する経理能力を高く評価して採用し、経理業務に従事させていたものと推認される。しかしながら、Xの労働契約の内容たる職種は経理事務のみに特定されていたとは認められないうえ、本件転勤命令にはXを今後幹部社員として飛躍せしめる目的をもつてマーケッテイング・セールスの業務の勉強が必要との考慮が加えられており、配転後の新職務も単なる商品の販売という機械的・肉体的な要素の多いものとは異なつて、むしろ高度の知的・精神的能力を要する職務と考えられ、この点では従前の経理事務とはいくらか異なつた面があるとはいえ、なお労働契約上の職種の変更があつたとまでは認めることは出来ない。〈人事権の濫用について〉使用者が業務上の必要に基づき労働者に転勤を命ずる場合、労働者の生活関係に重大な影響をもたらすので、業務上の理由に基づく転勤命令であるからといつて無制約に許されるものと解すべきではなく、右権限の行使はそれがもたらす結果のみならず、その行使の過程においても労働関係上要請される信義則に照らし、当然に合理的な制約に服すべきものであり、その制約は具体的事業において業務上の必要の程度と労働者の生活関係への影響の程度とを比較衡量して判断されなければならない。〈Yは、Xが母の見舞に帰れるよう交通費を負担したこと、Xの母の病状は軽快に向つており、同じ大田市内にはXの弟夫婦が居住しているので、母の看病を父及び弟夫婦に託せば、本件転勤命令が夫婦別居を強いるものであるとはいいがたいこと、父の経営難等による借財はX一家の経済を圧迫しており、転勤による二重生活がこれに拍車をかけることが窺われるが、Xの父にはX以外に3人の息子が居り、右息子等の援助をあおぐことも不可能でないことが認められるので、そのことから直ちにXに対するすべての転勤命令が許されないとすることはできないなどの諸事情を考慮すれば、〉本件転勤命令はXの生活に耐え難い犠牲を強いるものとはいえない。〈中略〉本件転勤命令を発するに至つた経緯、Xならびに組合との折衝経過、Yが提案した条件等を総合勘案するならば、Y側に特に誠意に欠け、信義則に反すると認むるに足りる事情は見当らない。