新日本証券事件(労働者の損害賠償責任・留学費用)

新日本証券事件(東京地裁平成10年9月25日判決)
「「留学後5年以内に自己都合により退職したときは留学費用を返還させる」旨の就業規則の規定について、海外留学後の勤務を確保することが目的であり、留学終了後5年以内に自己都合で退職する労働者に対する制裁の実質を有することから労働基準法第16条に反し無効とされた。」


[事件の概要]
証券会社であるX会社の労働者であるYは、平成4年1月から平成5年5月までX会社の留学規程に基づきアメリカ合衆国に留学し、MBAを取得した者である。X会社は、Yの留学に関し、授業料や渡航料等約540万円の費用を負担したが、X会社の留学規程第18条には、留学終了後五年以内に自己都合により退職し、または懲戒解雇されたときには、原則として留学に要した費用を全額返還させる旨の規定があった。Yは、平成9年3月に自己都合によりX会社を退職したため、X会社は、Yに対し、留学費用の返還を請求した。


[判決の要旨]
Xは、海外留学を職場外研修の一つに位置づけており、留学の応募自体は従業員の自発的な意志にゆだねているものの、いったん留学が決定されれば、海外に留学派遣を命じ、専攻学科もXの業務に関連ある学科を専攻するよう定め、留学期間中の待遇についても勤務している場合に準じて定めているのであるから、Xは、従業員に対し、業務命令として海外に留学派遣を命じるものであって、海外留学後のXへの勤務を確保するため、留学終了後五年以内に自己都合により退職したときは原則として留学に要した費用を全額返還させる旨の規定を本件留学規程において定めたものと解するのが相当である。留学した従業員は、留学により一定の資格、知識を取得し、これによって利益を受けることになるが、そのことによって本件留学規程に基づく留学の業務性を否定できるわけではなく、右判断を左右するに足りない。これをYの留学についてみれば、Yは、留学先のボストン大学のビジネススクールにおいて、デリバティブ(金融派生商品)の専門知識の習得を最優先課題とし、金融・経済学・財務諸表分析(会計学)等の金融・証券業務に必須の金融、経済科目を履修したこと、Yは、帰国後、Xの株式先物・オプション部に配属され、A社とXの合弁事業にチームを組んで参加し、Xの命によりA社の金融、特にデリバティブに関するノウハウ、知識を習得するよう努め合弁事業解消後も前記チームでデリバティブ取引による自己売買業務に従事したことが認められ、Yは、業務命令として海外に留学派遣を命じられ、Xの業務に関連のある学科を専攻し、勤務している場合に準じた待遇を受けていたものというべきである。Xは、Yに右の留学費用の返還条項を内容とする念書その他の合意書を作成させることなく、本件留学規程が就業規則であるとして就業規則の効力に基づき、留学費用の請求をしているが、このこともYの留学の業務性を裏付けるものといえる。右に基づいて考えると、本件留学規程のうち、留学終了後五年以内に自己都合により退職したときは原則として留学に要した費用を全額返還させる旨の規定は、海外留学後の原告への勤務を確保することを目的とし、留学終了後五年以内に自己都合により退職する者に対する制裁の実質を有するから、労働基準法第16条に違反し、無効であると解するのが相当である。