日本コンベンションサービス事件(労働契約継続中の競業避止義務)

日本コンベンションサービス事件(最高裁平成12年6月16日第二小法廷判決)
「在職中に同種の事業を営む新会社を設立するため他の労働者を新会社に勧誘したこと等が雇用契約上の誠実義務に反する違法行為であるとして、不法行為責任を認めた原審の判断を認容した。」


[事実の概要]
Yは、国際会議等の企画運営を主たる業務とする会社であり、Xらはその従業員であったが(XらのうちX1は関西支社の次長である。)、Xらは、Y社在職中から同種の事業を営む新会社Aの設立準備を進め、A会社を設立し、他の労働者を勧誘してこれらとともにYを退職し、その直後からA社において競業行為を行った。そこで、YはXらを懲戒解雇した。Xらは、Yによる懲戒解雇は解雇権の濫用であり違法な行為であるとして、不法行為による損害賠償(慰謝料)等の請求を行った(甲事件)。一方、Yは、Xらの社員引き抜き及び競業行為により損害を被ったとして、債務不履行及び不法行為による損害賠償請求を行った(乙事件)。


[判決の要旨]
所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実関係の下においては、Xらに対するYの損害賠償請求につき400万円及びその遅延損害金の支払を求める限度で理由があるとした原審の判断は、是認することができる。原判決に所論の違法はない。※上告は乙事件についてであり、甲事件は原判決(大阪高裁平成10年5月29日判決)において確定している。[原判決の要旨]<甲事件のうちYの不法行為に係る損害賠償請求について、>懲戒解雇が就業規則または労働契約に基づき、その範囲内で行われている限り、正当な懲戒権の行使として違法性がなく、不法行為は成立しない。<そこで、Y会社の主張する懲戒解雇事由のうち、Xらの在職中の労働者の引き抜き行為については、>Xらがその在職中積極的に関西支社、名古屋支店及び京都支店の従業員に対し、新会社に移るよう勧誘したことにおいて、就業規則32条、33条8号、38条2号ないし4号<懲戒解雇事由>に該当するということができる。<また、Y会社の主張する懲戒解雇事由のうち、退職後の競業避止義務違反については、>就業規則31条2項によれば、Y会社の従業員は、退職後2年間、会社の業務地域において、その従業員が勤務中に担当した業務について、会社と競合して営業を営むことができないと規定している。一般に、労働者は、労働契約が終了すれば、職業選択の自由として競業行為を行うこともできるのであるから、労働契約が終了した後まで競業避止義務を当然に負うものではない。しかし、他方、使用者は、労働者が使用者の営業秘密に関わっていた場合、自己の営業秘密を守るため、退職後も労働者に競業避止義務を課す必要があり、就業規則で、このような規定を設けることにも、一応の合理性が認められる。したがって、従業員に対し、退職後一定期間競業避止義務を課す規定も有効と考えるべきであるが、その適用に当たっては、規定の趣旨、目的に照らし、必要かつ合理的な範囲に限られるというべきである。そして、この点を判断するに当たっては、これによって保護しようとする営業上の利益の内容、殊に、それが企業上の秘密を保護しようとするものか、それに対する従業員の関わり合い、競業避止義務を負担する期間や地域、在職中営業秘密に関わる従業員に対し代償措置が取られていたかどうかなどを考慮すべきである。<(1)コンベンション業務には取引先と従業員との個人的な信頼関係により継続的に受注を得るという特質があるが、これは営業秘密とはいえないこと、(2)このような個人的信頼関係が業務の受注に大きな影響を与える以上、使用者も各種手当の支給などで従業員の退職を防止すべきであるが、Y会社は時間外手当を支給せず十分な代償措置を講じていたとは言えないこと、(3)かかる状況の中にあっては、Y会社は、単に従業員を引き止めるための手段として、競業避止義務を課しているに等しいことを認定した上で、>以上によれば、XらがY会社を退職して、同種の事業を営む会社に勤めたとしても、これによって、Y会社の営業上の秘密が他の企業に漏れるなどの事態を生ぜしめるものでないし、Xらの退職により、取引先からの業務の受注に大きな影響を与える結果となるとしても、それは、従業員と取引先との個人的信頼関係の強い事業を営んでいることに起因するのであるから、本来、Y会社において、十分な代償措置を採った上、転出等を防止すべく万全の措置を講じておくか、右措置を採らないのであれば、自ら、これを受認すべきものというべきであるので、右就業規則の規定は、Xらのような退職者には適用がなく、Xらの退職後の右行為をもって就業規則違反ということはできない。以上によれば、Xらは、Y会社を退社してY会社と同種の事業を営む新会社を設立するため、関西支社、名古屋支店及び京都支店の従業員を勧誘して、平成2年6月25日A会社を設立し、また、関西支社の書類や物品などを持ち出した点において、懲戒解雇事由に該当する。<乙事件(Xらの不法行為に係る損害賠償請求)について、X1は中心となって、Yから独立して同種の事業を営む新会社を設立することを計画し、従業員の勧誘や新会社の設立などを積極的に行ったこと等を認定した第一審の判決を引用した上で、>当裁判所も、X1がA社を設立させ、その結果Yの業務を混乱させたのは、同人の幹部職員としての地位に照らし、雇用契約上の誠実義務に反する違法行為であると判断する。<中略>Z<A設立の中心人物でY会社の元副社長>、X1の違法行為により、Yの社会的、経済的信用が減少したことが認められる。そして、このような場合、損害が生じたことは認められるが、損害の性質上その額を立証することが極めて困難である。それ故、当裁判所は弁論の全趣旨及び本件全証拠調べの結果とこれにより認定できる前認定の各事実に基づき、金400万円をもって相当な損害賠償額であると認定する。