社会保険診療報酬支払基金事件(人事考課・昇格)

社会保険診療報酬支払基金事件(東京地裁平成2年7月4日判決)
「男女差別の禁止は、公の秩序として確立しており、男女が平等に取扱われるという期待ないし利益は、不法行為における被侵害利益として法的保護に値すると解すべきであり、昇格における差別につき故意又は過失があったときは、不法行為が成立するとし、また、使用者の職員に対する昇格は、原則として職務と一体になった等級を使用者の人事上の裁量によって変更するものであり、あくまで使用者の裁量権の行使であるため、使用者による昇格決定のない者を昇格したものと取扱うことはできないとした。」


[事案の概要]
1 Yは、社会保険等の診療報酬の審査、支払を行う機関である。YにはA労組とB労組の2つの労働組合があり、XらはA労組に所属するYの女性労働者である。Yにおいては、職務が1等級から7等級に区分され、この職務の等級に対応して給料表も1等級から7等級まで定められ、各等級の職務が規定されている。そして、昇格に伴って給料が上がる仕組みとなっている。Yの職員は男女が同一の採用試験で採用され、その後各人が従事する業務内容も、男女の区別なく同一であった。2 Yは、A労組との間において協定を締結して、A労組所属の男子職員で4等級及び5等級在級者について、勤務成績や能力に基づく選考をすることなく、勤続年数という基準に準拠して一律に昇格させる措置を講じ、続いてB労組との間において、同様の基準に準拠して一律に昇格させ(2月28日付確認)、さらに、非組織労働者である男子職員についても、同様の昇格措置を講じた(3月16日付確認)。これによりYは、4等級及び5等級在級のすべての男子職員について、勤続年数を基準とした選考抜き一律昇格の措置をしたことになる。ところが、Yは、女子職員については、右昇格措置が取られた男子職員と同一の等級に在級し、右の昇格基準に該当する者があったにもかかわらず、Xらを含むこれら右基準に該当する女子職員に対し、なんらの昇格措置も講じなかったものである。


[判決の要旨]
〈不法行為に基づく損害賠償請求について〉労働基準法の規定の文言の上からは、女子であることを理由として、賃金以外の労働条件について差別的取扱いをすることは直接禁止の対象とされていないが、右規定の趣旨は、賃金以外の労働条件についても、性別を理由とする合理的理由のない差別的取扱いを許容するものではないと解され、労働条件に関する合理的理由のない男女差別の禁止は、民法90条にいう公の秩序として確立しているものというべきである。したがって、本件で問題とされている昇格についても、合理的理由なしに男女を差別的に取り扱った場合には、公の秩序に反する行為として違法であるとの評価を免れない。そして、男女が平等に取り扱われるという期待ないし利益は、不法行為における被侵害利益として法的保護に値すると解すべきであるから、右のような昇格における差別につきYに故意又は過失があったときは、不法行為が成立する。〈上記2の事実を認めた上で、〉そうすると、Xら女子職員は、昇格に関して、右協定及び2つの確認により差別的取扱いを受けたものといわざるを得ず、Yは、右取扱いをすることにより、同じ昇格要件を満たす男子職員と女子職員との間の昇格に格差が生じる結果になることを認識していたものということができる。したがって、この格差の発生につき合理的な理由がない限り、女子職員につき昇格措置を講じなかったYの不作為は、前述のとおり公の秩序に反するものとして不法作為を構成し、Yは、その責任を負わなければならない。Yは、客観的に違法とされる事実の発生の認識がなかったから故意がないと主張するが、同一の昇格要件を満たす男女に格差が生じること自体の認識があったことは明らかであるから、その結果が客観的に違法であるとの認識がYになかったとしても、不法行為の要件である故意の存在を否定することはできない。〈その他Yの主張について、理由がないとした上で、〉以上のとおりであるから、本件昇格措置に関する男女別の取扱いが違法ではない旨の主張は、いずれも失当であり、Yの不作為は不法行為に該当するといわなければならない。〈昇格等の確認請求の可否について〉Yにおける昇格とは、前記のとおり、職務の複雑、困難性及び責任の度合いに基づいて区分された職務の等級を下位から上位へ格上げすることであり、〈証拠略〉によると、Yにおける職員の職務の等級の決定は、理事長が行うことになっている。したがって、Yの職員に対する昇格は、原則として職務と一体になった等級をYの人事上の裁量によって変更するものであり、あくまでYの裁量権の行使であるといわざるを得ない。〈中略〉本件昇格措置が右のような性格である以上、これを男子職員についてのみ講じたことが男女差別であっても、女子職員についてはYの決定がなければ本件昇格措置が取られたことにならないのが原則であり、この決定がないにもかかわらず昇格したものと扱うには、明確な根拠が必要なはずである。〈労働基準法4条、13条をその根拠とするXらの主張について、〉本件は昇格における男女差別であって、同法4条違反を構成する賃金差別とは別個の問題であるから、同条は根拠となり得ない。また、本件における差別は昇格措置を取らないという不作為をその内容とするから、同法に定める基準に達しない労働条件を無効とし、無効となった部分につき同法に定める基準による旨を規定している同法13条の文言に照らすと、同条の適用があると解することには問題があるばかりでなく、仮に同条を適用することができ、その結果女子職員について本件昇格をさせないという労働条件が無効となると解したところで、無効となった部分を補充すべき基準を同法の中に見出すことはできない。これらの点を考慮すると、Yの昇格決定がない以上、Xらの主張する根拠によっては、本件昇格措置によりXらも昇格したものと扱うことはできないというべきである。