美濃窯業事件(労働契約中の秘密保持義務)

美濃窯業事件(名古屋地裁昭和61年9月29日判決)
「就業規則に業務上の機密を漏洩しないこと等の規定があったこと等の事情の下で、雇用契約存続中、労働者は、使用者に対し会社の不利益になる事項及び業務上の機密を漏洩してはならない義務等を負うとされ、機密の漏洩について労働者の債務不履行及び不法行為が成立するとされたが、損害額の立証がないとして損害賠償請求は棄却された。」


[事実の概要]
X会社は、耐火煉瓦等の製造販売及び日本国内外において各種窯業プラント等の設計・築炉等を業とする会社であり、Y1は、昭和22年にX会社の従業員となりプラント部課長の職にあった者である。Y1は、昭和44年、X会社の商品である窯業用連続焼成炉(商品名エンドレスキルン)を、台湾出張の際に懇意となった取引先会社の社長であるAの求めに応じて設計し、また、現地に赴き指導、助言をするなどし、さらに、陶磁器製品等の輸出を業とするY2会社をAに紹介して必要な機材の輸出に協力してY2会社から紹介料等を受け取るなどしたため、X会社は、Y1及びY2会社の行為により損害を受けたとして、損害賠償を請求した。


[判決の要旨]
X会社は、海外出張をする者に対し<中略>、業務上の書類、資料、図面等の保管取扱いには十分注意し、複写、または紛失等により業務上の機密が漏洩しないように注意すること、これらの書類は帰国時全て持ち帰ることを原則とし、帰国時に点検を受けること、出張先において客先その他関係者などから契約以外の事項(例えば設計、技術指導、ノウハウの提供その他業務に関する一切の事項)について依頼を受けた場合は、X会社の承認なくしてこれを引き受けてはならないこと、渡航先の企業からの引き合いがあっても、日本から供給する機器、原材料の価格、X会社のノウハウに属する事項については、聞かれても答えてはならず、答える必要がある場合は所管部長の指示を受けることなどの事項を指示する取扱いにした。X会社の就業規則には、昭和35年以降、従業員の守るべき事項として、X会社の承認を得ないでX会社以外の業務に従事し、または関与しないこと、X会社の不利益になる事項及び業務上の機密を漏洩しないこと、職務を利用し私利を謀らないことを定めており、Y1においても、常識的にこれらの点は、X会社の社員である以上、当然、守らなければならない事柄であると理解していた。<X会社とY1の>雇用契約存続中においては、Y1は、X会社に対し、労務を提供するに当たり善良な管理者の注意を用い、誠実にこれを行うべき雇用契約上の義務を負うことは当然のことであるから、X会社の承認を得ないでX会社以外の業務に従事したり、X会社の不利益になる事項及び業務上の機密を漏洩したり、職務を利用して私利を謀ったりなどしてはならない義務を、Y1はX会社に対し負っていたものというべきである。<特に、Y1はX会社のプラント部に在籍し、X会社がXの有する特許の実施品であると考えているエンドレスキルン等の設計、建設に長年従事していたこと等の点から、>Y1は、遅くとも昭和44年2月以降、Xに対し、エンドレスキルン建設のため台湾等の海外へ出張するに際しては、設計図面等の管理に万全を期し、エンドレスキルンに関するX会社の業務上の秘密が漏洩しないように十分な注意を払うべき義務を負うにいたったものというべきである。Y1は、昭和44年5月頃、前回の訪台の際に世話になったAの依頼を断わりきれず、同人の求めに応じて長さ58メートルのエンドレスキルンを建設するのに必要な設計を行い、右キルンに適合する駆動装置の規模、能力等の技術的な面の指導をも行い、その後、Aが、台湾、インドネシアにおいて、次々とエンドレスキルンを建設するに当たっては、短期間の休暇等を利用して現地に赴き指導、助言をするなどし、また、Y2会社をAに紹介して、右キルン建設のために必要な機材の調達、輸出に協力し、Y2会社から右機材の仕入価格の10パーセントないし15パーセントに当たる金額を紹介料ないしアドバイス料を受け取るなどしたのであるが、Y1がした右各行為は、前記で認定した、同人がX会社に対して負担していた義務に違反したものというべきである。前記で認定したY1の義務違反行為が、X会社の営業上の利益を違法に侵害した不法行為に該当することは明らかである。<中略>Y1の前記で認定した義務違反行為ないし違法行為がなかったならば、X会社において、各キルンの建設の仕事の全部又は一部を受注し得たものとは直ちに認め難く、本件全証拠によるも、右因果関係を認めるに足りない。(Y1の前記認定の義務違反行為は、Y1の雇用契約上の解雇その他身分上の懲戒事由となるかどうかはともかくとして、右義務違反行為がX会社の有する本件特許権を侵害するものであるか否かは本件証拠上、明らかではなく、むしろY1が漏洩した技術のほとんどは、当時の我が国における公知技術に属することが窺え、わが国の同業他社においても当時、これを用いてX会社のエンドレスキルンと同種の循環式の窯業用連続焼成炉を開発し、その宣伝、販売活動を行っていたことなどから、右義務違反行為とX会社主張の財産上の損害との間の因果関係を肯認し得ないのである。)また、Y1の義務違反行為ないし右違法行為によりX会社の被った損害額を確定するに足りる証拠はなく、右損害額は、結局、本件証拠上、不明であるといわざるを得ない。