古河鉱業足尾製作所事件(労働契約継続中の秘密保持義務)

古河鉱業足尾製作所事件(東京高裁昭和55年2月18日判決)
「労働者は労働契約に基づく付随的義務として、信義則上、使用者の利益をことさらに害するような行為を避けるべき責務を負い、その一つとして使用者の業務上の秘密を洩らさないとの義務を負うとされ、秘密漏洩を理由とする懲戒解雇が就業規則に基づき有効とされた。」


[事実の概要]
Y会社は、石炭・非鉄金属の採掘、鉱山土木機械製造販売業等を営み、足尾製作所高崎工場で削岩機等を製造しており、Xらは同工場において工員として勤務していた者であって、労働組合役員であり日本共産党員でもあった。昭和35年春、Y会社は、昭和38年上期末における生産機種、台数、金額、収支、賃金形態の変更・資格制度の採用等による能率向上等を具体的数字を列挙して示した3カ年計画を決定したが、本計画の複写を入手したXらは、同年春から夏にかけて、会社従業員である党員で組織された古河細胞における会議でこれを配布し対策を検討したほか、同年夏ごろ開催の細胞総会においては党の地区委幹部(会社従業員ではない者)の出席指導を求めさらに検討を行った。Y会社は、昭和37年7月20日、業務上の重要秘密の漏洩等を理由に、Xらを懲戒解雇した。


[判決の要旨]
<本件計画が対外関係に洩れた場合、>もし右<競争>会社・需要家・関連業者が本件計画を知れば、3年後の工場の生産規模等の全般的状況を把握し、さらにY会社が3年間さく岩機につき新製品を出さず、旧来の型式のさく岩機の生産をつづけ、かつその値上をもくろんでいること<中略>などを掌握することができる。この場合競争会社では3年間にこれに対抗して新製品の発売、競争製品の値引等の措置を実施し、需要家は値引要求、製品買控えの対策をとりうるので、会社は競争上大きな打撃をうけることが予想される。<本件計画が対内関係に洩れた場合、>本件計画にもとづく労働条件の変化、とくに賃上げ・奨励給能率給の導入等賃金改訂、販売会社の設立と中央倉庫の設置とに伴う従業員の出向・異動、職組長の資格制度採用と待遇改善、能率向上等は、その実施に当つて事前に公表しあるいは組合と協議すべき事項もあるが、その際でも会社当局において時期・順序・相手方等につき、労使関係等諸般の情況を慎重に検討した上ですることを要し、もしかような手順をふまないうちにその内容が組合・従業員に洩れるときは、当時の新管理方式実施直後の労使関係にかんがみ、労働条件の切下・管理体制整備による労働強化等の疑問・不安を組合や従業員間にひきおこすおそれがあつた。従つてこれらは会社当局による公表あるいは組合との協議開始までは秘密とすべきものである。そして昭和35年8・9月当時右の各事項はいずれも会社によつて公表されず組合にも示されていなかつた。<中略>右認定事実によれば、本件計画は、昭和35年8・9月当時会社の業務上重要な事項であつて、会社が従業員に対しその事項を他に洩らさないよう要求し、懲戒罰をもつてこれを強制するに足りる秘密性をそなえていたというべきである。<細胞会議での検討経緯や、党員以外の組合員への働きかけの際にXらは本件計画の入手の事実を秘匿していたこと等を認定した上で、>Xらは、いずれも本件複写に掲げられた本件計画が 会社の業務上重要な秘密であること、及び洩らした先が社外であることを認識していたというべく、本件複写に「秘」の表示を欠くからといって秘密の認識がなかったとは到底いえない。以上説明のとおり、Xらは共同して本件計画を、それが会社の業務上重要な秘密であることを知りながら、地区委及び古河細胞に洩らしたというべきである。労働者は労働契約にもとづく附随的義務として、信義則上、使用者の利益をことさらに害するような行為を避けるべき責務を負うが、その一つとして使用者の業務上の秘密を洩らさないとの義務を負うものと解せられる。信義則の支配、従つてこの義務は労働者すべてに共通である。もとより使用者の業務上の秘密といつても、その秘密にかかわり合う程度は労働者各人の職務内容により異なるが、管理職でないからといつてこの義務を免れることはなく、又自己の担当する職務外の事項であつても、これを秘密と知りながら洩らすことも許されない。懲戒は企業秩序をみだす行為に対する制裁であり、労協57条3号<業務上重要な秘密を他に洩し又は洩そうとした者>、就規73条6号<業務上重要な秘密を社外に洩し又は洩そうとしたとき>は、会社の業務上重要な秘密が守られることを企業秩序維持の一つの柱と考え、これを他に洩らした者に懲戒解雇をもつて臨むことを定めたものである。懲戒制度の目的からみれば、この構成要件は必要かつ十分であつて、このほかに、労協等に明文がないにもかかわらず、敢てXら主張のような情報取得の反社会性、暴露行為の目的及び結果の反社会性、さらに企業秩序の侵害のような要件を必要とするものとは解せられない。<中略>Xらは組合に加入し、かつ会社と労働契約を結び、その結果労協57条3号、就規73条6号の適用を受け、会社に対する関係で、会社の業務上重要な秘密を洩らさないという制限を受けるに至つたものである。かような制限は、Xらが会社と右のような労働契約関係にあるかぎり、政治活動が憲法21条により国家に対する関係で保障されていることを考慮しても、その効力に疑をさしはさむ余地はない。従つてXらの本件計画漏洩行為が政治活動にもあたるとしても、これが労協・就規の前記条項に該当する以上、Xらは懲戒責任を免れることはない。以上検討したところによれば、Xらの本件計画漏洩行為は、労協57条3号、就規73条6号に該当し、その情状は重いといわざるを得ない。Xらの本件計画漏洩は重大であつて、これだけでも懲戒解雇に値するところ、右両名はこれ以外にも前記<略>のような企業秩序違反行為をしており、これに対する本件懲戒解雇は処分の量定においても裁量権の範囲の逸脱ないし濫用にあたるといえない<中略>。以上説明のとおり、本件解雇の意思表示は有効であつて、本件労働契約はこれにより終了したというべ<きである。>