黒川建設事件(使用者と親会社・元請負人)

黒川建設事件(東京地裁平成13年7月25日判決)
「外形的には独立の法主体であるものの、実質的には事業の執行・財産管理等の極めて制限された範囲内でしか独自の決定権限を与えられていない会社について、法人格否認の法理が適用される結果、親会社とその代表取締役は、子会社が退職者に対して負う未払賃金債務及び退職金債務について、子会社とは別個の法主体であることを理由に、その責任を免れることはできないとした。」


[事案の概要]
Y1はY2社の代表取締役の1人であり、Y2社は土木建築及び建設業務に関する業務等を営んでいた。X1は昭和34年に、X2は昭和38年に、それぞれA1社(当時の商号はY2社。昭和52年に商号をA1社に変更。)に雇用された。X1は、昭和52年から、Y2社の取締役及びA1社の企画設計部門から独立したA2企画設計事務所の取締役を兼任していた。X1は、平成元年4月にA2企画設計事務所の代表取締役に就任するとともに、Y2社の取締役を退いた。その後、X1は平成9年4月にA2企画設計事務所を退職した。また、X2は、昭和62年からY2社の取締役であり、平成9年4月をもって退職した。A2企画設計事務所の発行済株式は、Y2社、A3社及びA4社が98%を保有しており、Y2社、A3社及びA4社のこれらAグループ3社の株式の大半は、Y1の長男が名義上所有しているが、真実の所有者はY1であった。平成3年頃から、Aグループ内では、Aグループそれ自体が一企業体をなし、グループ各社はその一部門であるかの如く位置づけていた。具体的には、Y2社の総務部及び財務部は、平成7年頃まで現実にAグループ各社の人事及び財務を一括管理し、それ以降は、両部そのものがA4社に移ったものの、同様にAグループ内の各社の人事及び財務を一括管理していた。そして、Aグループ各社の役員の選任、給与の決定を初めとして、人事・給与等の実質的決定権を掌握していたのは、Y2社の代表取締役であったY1であった。その他業務執行についても、Aグループ各社の権限は大幅に制限されていた。さらに、Y2社の財務部はA2企画設計事務所の預金通帳を保有し、Y1はA2企画設計事務所の会社財産を実質的に支配・管理していた。また、A2企画設計事務所の資産は、当初から未収金に偏り、極めて実態に乏しいものであった上、Y2社は高額の賃料等を課すことにより、A2企画設計事務所に留保されるべき利益をY2に吸収していた。X1らは、A1社に入社後、平成9年4月にA2企画設計事務所を退社するまで、A1社、Y2社あるいはA2企画設計事務所の取締役に就任したいずれのときにも、退職金の支給を受けていない。X1らはY1及びY2社に対して未払退職金等を請求した。


[判決の要旨]
およそ法人格の付与は社会的に存在する団体についてその価値を評価してなされる立法政策によるものであって、これを権利主体として表現せしめるに値すると認めるときに法的技術に基づいて行われるものである。従って、法人格が全くの形骸にすぎない場合、またはそれが法律の適用を回避するために濫用されるが如き場合においては、法人格を認めることは、法人格なるものの本来の目的に照らして許すべからざるものというべきであり、法人格を否認すべきことが要請される場合を生ずる(最高裁昭和44年2月27日第1小法廷判決参照)。そして、株式会社において、法人格が全くの形骸にすぎないというためには、単に当該会社の業務に対し他の会社または株主らが、株主たる権利を行使し、利用することにより、当該株式会社に対し支配を及ぼしているというのみでは足りず(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律9条は他社の事業活動を支配することを主たる事業とする持株会社を原則として適法とすることが参照されるべきである。)、当該会社の業務執行、財産管理、会計区分等の実態を総合考慮して、法人としての実体が形骸にすぎないかどうかを判断するべきである。A2企画設計事務所は、外形的には独立の法主体であるとはいうものの、実質的には、設立の当初から、事業の執行及び財産管理、人事その他内部的及び外部的な業務執行の主要なものについて、極めて制限された範囲内でしか独自の決定権限を与えられていない会社であり、その実態は、分社・独立前、A1の建設本部に属する設計部であったときと同様、Aグループの中核企業であるY2社の一事業部門と何ら変わるところはなかったというべきである。そして、Y1は、そのようなA2企画設計事務所を、同社の代表取締役であった時期はもとより、そうでない時期においても、A2企画設計事務所の代表取締役あるいはY2社の代表取締役としての立場を超え、Aグループの社主として、直接自己の意のままに自由に支配・操作して事業活動を継続していたのであるから、A2企画設計事務所の株式会社としての実体は、もはや形骸化しており、これに法人格を認めることは、法人格の本来の目的に照らして許すべからざるものであって、A2企画設計事務所の法人格は否認されるというべきである。そして、本件においては、A2企画設計事務所は、Y2社の一営業部門としてY2に帰属しその支配下にある側面と、同時に、社主であるY1の直接の支配下に属する側面をも二重に併せ持っていたことからすれば、法人格否認の法理が適用される結果、Y1らは、いずれもA2企画設計事務所を実質的に支配するものとして、A2企画設計事務所がX1らに対して負う未払賃金債務及び退職金債務について、同社とは別個の法主体であることを理由に、その責任を免れることはできないというべきである。