インターウォーブン・インク事件(労働契約・紛争解決の方法)

インターウォーブン・インク事件(東京地裁平成16年1月26日判決)
「雇用関係に関連した紛争が生じた場合すべての紛争をカリフォルニア州においてアメリカ仲裁協会によって行われる仲裁によって終局的かつ専属的に解決する旨の合意について、カリフォルニア州法を準拠法とした上で無効となるものではないとし、かつ日本の仲裁法附則第4条の趣旨に反することもないとした。」


[事案の概要]
平成11年12月7日、Xは、Y会社との間で、始期を同月27日、仕事内容をアジア太平洋部門の副社長(バイスプレジデント)とする雇用契約(以下、「本件契約」とする。)を締結した。XとY会社との雇用契約には、「YとXの雇用関係、本件契約、または、あらゆる理由(債務不履行、不当解雇、または、年齢、性別、人種、国籍、身体障害その他の差別もしくは嫌がらせに基づく異議申立てを含むが、それらに限られない。)でのXとYとの雇用の終了について、これらに関連した紛争、異議申立てが発生したときは、両当事者は、かかるすべての紛争等をカリフォルニア州サンタクララ郡においてアメリカ仲裁協会によって行われる仲裁によって、すべて、終局的かつ専属的に解決することに合意する。両当事者は、本書によって、かかるすべての紛争又は異議申立てを裁判官又は陪審員による裁判に委ねるそれぞれの権利を放棄します。」旨の条項があった(以下、「本件仲裁条項」とする。)。平成12年5月2日、Yは、Xに対し、同日で本件契約が終了することを書面で通告し、同月5日、Xは、A社(Yの関連会社)との間で、仕事内容をアジア太平洋部門のバイスプレジデントとする雇用契約書を作成した。Xは、平成13年8月9日、同日付け解雇通知書(以下、「本件解雇通知書」とする。)を受け取り、この書面には、「A社は、Xとの雇用契約を2001年(平成13年)8月10日をもって終了することとしたので通知する。」旨の記載があった(以下、本件解雇通知書による解雇の意思表示を「本件解雇」とする。)。Xは、Yに対し、本件解雇は不法行為であること等を理由として、損害賠償を請求し、東京地裁に提訴した。

[判決の要旨]
〈本件仲裁条項の効力について〉(1) 本件仲裁条項の効力を判断する準拠法は、法例7条1項により、第1次的には当事者の意思によるところ(最高裁判所第一小法廷平成9年9月4日判決〈中略〉)、本件仲裁条項では、仲裁地についてカリフォルニア州をしていることから、仲裁地である同州の法律を準拠法とする旨の黙示的な合意があるものと認められる。(2) そして、Xは、同州の最高裁判決によれば、本件仲裁条項の有効性は、非良心的で公序に反するか否かによるところ、本件仲裁条項は、非良心的で公序に関するから無効であるとし、その理由として、(1)本件仲裁条項は、本件仲裁地がカリフォルニア州のアメリカ仲裁協会のみである、(2)仲裁は一般的に社会経済的に優位な雇用者に有利な結果となる可能性があるのに、提訴を放棄することを強制するものである、(3)Xは本件仲裁条項が含まれた雇用契約書に署名しなければYに雇用されない状況であった、(4)Xは本件仲裁条項の趣旨を理解せずに署名せざるを得なかった旨主張する。しかし、Xが引用するカリフォルニア州最高裁判決は、被用者に雇用の条件として課されている仲裁合意で、被用者にだけ不当解雇を仲裁で解決することを要求し、かつ、仲裁時までの既発生の賃金の支払しか救済方法として認めないものについて、非良心的で公序に反するとしたものであり、相互に裁判による紛争解決の権利を放棄して仲裁で解決する旨定め、救済方法を限定しない本件仲裁条項とは事案を異にするというべきであり、本件契約当時、Xはカリフォルニア州に居住していたこと(〈証拠略〉)、Xが本件仲裁条項が明記された契約書に署名していることとも併せ考えると、非良心的で公序に反するとはいえないというべきである。したがって、本件仲裁条項の準拠法となるカリフォルニア州法に照らし、本件仲裁条項が無効となるとはいえない。(3) 次に、Xは、カリフォルニア州法によって本件仲裁条項が有効とされるとしても、第2の3(1)ア(1)(1)ないし(4)のとおりの理由〈前記(2)における(1)から(4)までの理由〉で、日本の公序に反し無効とすべきである旨主張するが、前記(2)で挙げた本件仲裁条項の内容からして採用できない。Xは、個別的労働関係紛争を対象とする仲裁条項を無効とする仲裁法附則4条(平成15年8月1日に公布)の趣旨に反する等と主張するが、同条が「当分の間」無効とする旨定めていることからして、同条の趣旨は、同法施行時における労働者と使用者との間の情報量や交渉力の格差及び仲裁が紛争解決手続として浸透していない我が国の現状をふまえて、労働者保護のため、我が国おいて同法施行後に成立した仲裁合意について当分の間無効としたものであるから、仲裁合意が紛争解決手段として社会的に浸透した米国において同法施行前に成立した本件仲裁条項を有効とすることが、同条項の趣旨に反するということはない。(4) 以上から、本件仲裁条項は有効であるところ、本件訴訟は、(1)本件契約における解雇は不法行為であるとして、逸失利益、慰藉料、弁護士費用等の損害賠償及び遅延損害金、(2)本件契約の雇用期間中Yに代わりXが支出した業務費用について平成13年8月9日ないし同年10月25日成立した立替金及び遅延損害金、(3)(2)の合意の債務不履行に基づく損害賠償としての弁護士費用と遅延損害金を訴訟物とするものであるから、XとY間の雇用関係、本件契約及び雇用関係の終了に関連して生じた紛争であって、本件仲裁条項の対象であるというべきである。したがって本件訴えは却下すべきである〈。〉