三愛作業事件(留保解約権行使の有効性)

三愛作業事件(名古屋高裁昭和55年12月4日決定)
「試用期間中に解雇されたものとして取扱われ、試用期間の大半について就業実績のない場合であって、解雇が無効となったときには、解雇の日から裁判告知の日まで、試用期間の進行が停止していたものとして取扱うことが相当であり、今後設定すべき試用期間は残余試用日数をもって足るものとされた。」


[事案の概要]
Xは、Y社に採用されるに先立ち、Y社のA部長の面接を受けたが、その際提出した履歴書には、昭和42年3月B高等学校を卒業後、昭和43年5月から昭和47年2月までは、C株式会社に、同年4月から昭和50年12月までは、D印刷株式会社に、昭和51年10月から昭和54年3月までは、E株式会社にそれぞれ勤務した旨記載し、右面接の際にも同旨の申述をしたが、Xは、昭和43年または44年頃F大学に入学し、昭和47年頃同大学を中退しており、D印刷株式会社に勤務したことはなかった。Yの就業規則45条4号には懲戒解雇事由として「重要な経歴を偽り採用されたことが判明したとき」が掲げられていた。Yは、Xの上記経歴詐称及びYは高学歴者を採用しない方針であることを理由に、Xを試用期間満了前に解雇した。


[決定の要旨]
XとYとの間には3か月の試用期間を付した労働契約が締結され、Yは、右期間中に、Xに対し解雇の意思表示をしたものであるから、まず右試用期間を付した労働契約の性質について検討する。 一般に、使用者が労働者を雇傭するに際して一定期間の試用期間をおく趣旨は、採否決定の当初においては、その者の職業能力及び業務適性の有無に関連する事項について必要な調査を行ない適切な判定資料を蒐集することが十分にできないため、その後における調査や観察に基づき、その者の職業能力及び業務適性を判断し、これらを欠くと認める者を企業から排除することができるようにすることにあるものと解せられる〈。〉〈Yの就業規則25条には、会社は試用期間を終了した者を採用する旨の規定があること、Yにおいては、試採用労働者は、その日の作業に応じ適宜他の労働者からなる班に組み入れられて作業に従事すること、Yは、試用期間中に、当該労働者の勤務成績、人格等について検討し本採用の適否を決定していること、港湾荷役作業は実験労働の必要が肯定される職種であることを認めた上で、〉XとYとの間に締結された本件契約は、試用期間中にYにおいて職業能力及び業務適性を調査し、これらを欠くと認めるときは解雇できる旨の解約権が留保された期間の定めのない労働契約であるということができる。 そこでつぎに右試用期間を付した労働契約における解約権行使の基準につき考えるに、一般的に言つて、試用労働者は、本採用後の雇傭関係におけるよりも弱い地位であるにせよ、いつたん、Yとの間の雇傭関係に入つた者であるから、右立場は十分尊重するに値するものであり、右解約権の行使は、前記解約権留保の趣旨、目的に照して、客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許されるものと解するのが相当である。これを詳論するに、前記の如く試採用者の地位はこれを十分尊重すべきではあるが、本採用者以上のものとはいえないから、本採用者に対して認められている一般の解雇事由は、特に性質に反しない限り試採用者に対しても承認されなければならない。例えば就業規則に懲戒解雇事由が掲げられている場合、これに該当するときは、試用者といえども解雇を免れることはできないというべきである。そのほかに本採用者にはみられない試採用者に対してのみ適用される特有の解約事由が考えられる。それは結局採用決定後に、その者の職業能力または業務適性を否定することが客観的に相当であると認められる事実が判明した場合であり、このようなときにも右解約権を行使することができると解すべきである。けだし試用期間を付した契約本来の目的はそこにあるからである。以上の如く試採用者は従業員としての地位において一般の解雇事由の制約を受けるほか、更に試採用者としての地位において能力、適性の判定を受け、否定的に判断されるときは解雇されるのであつて、後者の事由が付加されている意味において試採用者については本採用者より解雇事由は多いというべきである。試採用者に対してはより広範囲の解約権があるというのも右の趣旨の表現と理解すべきである。 〈本件解雇の意思表示の効力について〉〈Xの学歴詐称行為は、本件就業規則45条4号の「重要な経歴を偽り採用されたことが判明したとき」に該当すると認めた上で、Yの求人広告には学歴に関する記載が無かったこと、採用に際して、高学歴者不採用の方針の説明もなかったこと、Xの大学進学の有無に関する質問もなかったこと等を認定した上で、〉Yは、作業員増強計画のもとに求人活動を行つていたものであるが、その発表された採用条件については、特に大学在籍者は採用しない旨学歴の上限を画することはせず、むしろ「学歴不問」としたり、また下限についても必ずしも明確ではなかつたというべきである。そして本件は、このような採用条件の不明確さが重要な場面で影響したと考えられる(もし求人案内等に高学歴者不可の記載があれば応募を断念したかも知れないし、また面接時に条件の明確な説明等があれば採用を防止することが可能であつたとも考えられる)のであつて、これら事情に加え、職種が港湾作業という肉体労働であつて学歴は2次的な位置づけであること、大学中退を高校卒としたものであつて詐称の程度もさほど大きいとはいえないこと等を総合すれば、本件学歴詐称は、それ自体信義則に反するものではあるが、それのみを理由に一旦採用された者を解雇するのは著しく妥当を欠き、解雇権の濫用であると判断される。 〈残余試用期間の取扱いについて〉試用期間が設定された趣旨は、試用期間中の作業実績を基礎として職業能力及び業務適性を調査判定することを目的とするものであるから、右試用期間の相当期間について就業実績をもち、実質的に残余期間を問題とすることなく本採用の当否が判断できる場合はともかくとして、本件のように、試用期間3か月のうち、採用後就業日数38日にして解雇されたものとして取扱われ、残余試用日数53日を残し、試用期間の大半について就業実績のないものについては、使用者が、当初の試用期間内に本採用への選考を実施しなかったこと、或いは解雇を理由にXの就労を拒否したことを直ちに違法とし、又はXの職業能力及び業務適性の判定権を放棄したとみることはできず、結局右試用期間の取扱いについては、右解雇の日から本裁判告知の日まで試用期間の進行を停止していたものとして取扱うのが相当と考えられる。ただし、本件記録によるも、右3ヶ月の試用期間は、常に継続して観察することを必要不可欠としているものとは認められず、すでに就業した日数も一応の勤務実績を示しているものと考えられるから、今後設定すべき試用期間は残余試用日数53日をもって足りるものというべきである。