マナック事件(人事考課)

マナック事件(広島高裁平成13年5月23日判決)
「人事考課規程により人事評定や評定の留意事項が詳細に定められている場合においては、昇給査定にこれらの実施手順等に反する裁量権の逸脱があり、正当な査定に従って昇給する利益が侵害されたと認められるときには、使用者が行った昇給査定が不法行為となるとし、人事考課規定に定める査定期間外の事実を査定対象としたことについて、裁量権を逸脱したものとして違法とされた。」


[事案の概要]
化学薬品等を製造するY社に勤務していたXは、Y社の営業所において主任として職能資格等級4等級(監督職)に格付けされ、平成6年4月以降職能給4級として基本給と役付手当の支給を受けていた。同年6月、Y社取締役の1人が退任するとの新聞記事をめぐり、Xが当時の経営陣を批判する言動をなしたことからXは上司から叱責を受け、同年7月にはY社会長室において会長から注意を受けた。その後Xは平成7年4月、Y社降格規程の「勤務成績が著しく悪いとき」に該当するとして3級に降格する処分を受け、事業所等にその旨の処分が掲示された。また、人事評定により職能給3級と決定された。さらに、平成6年夏季賞与は算定期間における業績評定上の評点がEマイナス(最低の評定)であるとして、それに基づく額(564,000円)が支給され、平成6年冬季及び同7年夏季賞与は賞与規程に該当する不支給事由があるとして代替措置として基本給相当額が、平成7年冬季、同8年夏季、同年冬季賞与は評定なしにそれぞれ40万円が恩恵的に、平成9年夏季、同年冬季、同10年夏季賞与は評定なしにそれぞれ50万円が恩恵的に、平成10年冬季賞与は算定期間における業績評定上の評点がEマイナスであるとして、それに基づく額(568,500円)が支給された。そこでXは、(1)本件降格処分の違法・無効確認と降格処分により支給されなくなった役付手当額の賠償、(2)違法な評定によって被った昇給差額及び賞与差額の賠償等を求めて出訴。1審は、Xの請求のうち(2)を認容したが、大部分を棄却した。Xがこれを不服として控訴したもの。


[判決の要旨]
<昇給査定について>昇給査定は、これまでの労働の対価を決定するものではなく、これからの労働に対する支払額を決定するものであること、給与を増額する方向での査定でありそれ自体において従業員に不利益を生じさせるものではないこと、本件賃金規程によれば、Y社における昇給は、原則として年1回(4月)を例とし、人物・技能・勤務成績及び社内の均衡などを考慮し、昇格資格及び昇給額などの細目については、その都度定めると規定されていること、これらからすると、従業員の給与を昇給させるか否かあるいはどの程度昇給させるかは使用者たるY社の自由裁量に属する事柄というべきである。しかし、他方、本件賃金規程が、昇給のうちの職能給に関する部分(年齢給及び勤続給は<別紙略>のとおり年齢及び勤続年数により定期的に昇給する旨が定められている。)を<別紙略-職能給級号指数表>により個々に定めるとし、本件人事考課規程により、この指数を決定するにつき、評定期間を前年4月1日から当年3月31日までの1年間とする人事評定や評定の留意事項が詳細に定められていることからすると、Y社の昇給査定にこれらの実施手順等に反する裁量権の逸脱があり、これによりXの本件賃金規程及び人事考課規程により正当に査定されこれに従って昇給するXの利益が侵害されたと認められる場合には、Y社が行った昇給査定が不法行為となるものと解するのが相当である。<中略><本件についてみると、平成7年4月の昇給査定についてはXの言動が評価を低下させ、その評定の手順等について裁量権の逸脱はなく、Xの主張に理由がないが、平成8年4月の昇給査定については、>常務会の審議において一次評定及び二次評定の評定結果を評価換えした理由は、<平成6年6月の>郷分事務所事件及び<平成7年7月の>会長室事件やその直後のXの対応を理由として行われたと推認するほかはなく、このことは、人事評定期間を前年4月1日から当年3月31日までと定めた人事考課規定に反するし、また、他に一次評定及び二次評定の評定に基づくランクCをランクEに評価替えすることを相当とすべき事実があったと認めるに足りる証拠もないから、この期におけるYの昇給査定には裁量権を逸脱した違法があるというべきである。<また、平成9年及び同10年の昇給査定についても、考課における裁量権の逸脱が認められることから違法であるとされ、Y社はXに対し、違法な昇給査定によりXが被った実損害額を賠償しなければならないとされた。><賞与査定について>一般的に賞与が功労報償的意味を有していることからすると、賞与を支給するか否かあるいはどの程度の賞与を支給するか否かにつき使用者は裁量権を有するというべきである。しかし、賞与はあくまで労働の対価たる賃金であり、本件賞与規程が、会社の経営状態が悪化した場合を除いては原則として賞与を支給すると定め、支給時期、算定期間、支給額の算定基準を明確に規定し、本件人事考課規程により、支給額決定のための評点を決定するにつき、業績評定の実施手順や評定の留意事項を詳細に定めていることからすると、Y社の賞与査定にこれらの実施手順等に反する裁量権の逸脱があり、これらによりXの本件賞与規程及び人事考課規程により正当に査定されこれに従って賞与の支給を受ける利益が侵害されたと認められる場合には、Y社が行った賞与査定が不法行為となるものと解するのが相当である。<中略>本件についてみると、Xの賞与減額及び不支給はもっぱら平成6年6月の経営陣批判の言動に基づいたものと推認される。従って、平成6年夏季賞与はその算定期間後の事由により減額されており、裁量権を逸脱しており、違法である。しかし、同年冬季賞与はXの言動が賞与の不支給事項に該当し、代替措置として基本給相当額のみ支給したが、この判断に裁量権の逸脱は認められず、違法とはいえない。一方、平成7年夏季から同10年夏季までの賞与については、やはり算定期間外であるXの言動を理由として評定を行わなかったものと推認され、裁量権の逸脱があったものといえ、違法であり、Y社はXに対し、違法な賞与査定によりXが被った実損害額を賠償しなければならない。