川義事件(安全配慮義務)

川義事件(最高裁昭和59年4月10日第三小法廷判決)
「使用者は、労働者が労務提供のため設置する場所、施設もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負っているものとされた。」


[事実の概要]
Aは、昭和53年3月、反物、毛皮、宝石の販売等を業とするYに入社し、Y社屋4階の独身寮に住み込んで就労していた者であり、Bは、昭和52年3月にYに入社したが、上司から勤務態度を注意されたため嫌気がさして昭和53年2月にYを退社し、同年8月においては無職となっていたものである。Bは、Yに勤務していた昭和52年9月ころからYの商品である反物類を盗み出しては換金していたが、Yを退社してからも夜間に宿直中のもとの同僚や同僚に紹介されて親しくなつたAら新入社員を訪ね、同人らと雑談、飲食したりしながら、その隙を見ては反物類を盗んでいた。そして、Bは、昭和53年8月13日(日曜日)午後9時ころ、Yの反物類を窃取しようと考えてYを訪れ、宿直中であったAを殺害して反物類を盗み逃走した。このため、Aの両親(X)は、Yに対し、損害賠償の請求をした。


[判決の要旨]
雇傭契約は、労働者の労務提供と使用者の報酬支払をその基本内容とする双務有償契約であるが、通常の場合、労働者は、使用者の指定した場所に配置され、使用者の供給する設備、器具等を用いて労務の提供を行うものであるから、使用者は、右の報酬支払義務にとどまらず、労働者が労務提供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負つているものと解するのが相当である。もとより、使用者の右の安全配慮義務の具体的内容は、労働者の職種、労務内容、労務提供場所等安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によつて異なるべきものであることはいうまでもないが、これを本件の場合に即してみれば、Yは、A一人に対し昭和53年8月13日午前9時から24時間の宿直勤務を命じ、宿直勤務の場所を本件社屋内、就寝場所を同社屋一階商品陳列場と指示したのであるから、宿直勤務の場所である本件社屋内に、宿直勤務中に盗賊等が容易に侵入できないような物的設備を施し、かつ、万一盗賊が侵入した場合は盗賊から加えられるかも知れない危害を免れることができるような物的施設を設けるとともに、これら物的施設等を十分に整備することが困難であるときは、宿直員を増員するとか宿直員に対する安全教育を十分に行うなどし、もつて右物的施設等と相まつて労働者たるAの生命、身体等に危険が及ばないように配慮する義務があつたものと解すべきである。そこで、以上の見地に立つて本件をみるに、前記の事実関係からみれば、Yの本件社屋には、昼夜高価な商品が多数かつ開放的に陳列、保管されていて、休日又は夜間には盗賊が侵入するおそれがあつたのみならず、当時、Yでは現に商品の紛失事故や盗難が発生したり、不審な電話がしばしばかかつてきていたというのであり、しかも侵入した盗賊が宿直員に発見されたような場合には宿直員に危害を加えることも十分予見することができたにもかかわらず、Yでは、盗賊侵入防止のためののぞき窓、インターホン、防犯チェーン等の物的設備や侵入した盗賊から危害を免れるために役立つ防犯ベル等の物的設備を施さず、また、盗難等の危険を考慮して休日又は夜間の宿直員を新入社員一人としないで適宜増員するとか宿直員に対し十分な安全教育を施すなどの措置を講じていなかつたというのであるから、Yには、Aに対する前記の安全配慮義務の不履行があつたものといわなければならない。そして、前記の事実からすると、Yにおいて前記のような安全配慮義務を履行しておれば、本件のようなAの殺害という事故の発生を未然に防止しえたというべきであるから、右事故は、Yの右安全配慮義務の不履行によつて発生したものということができ、Yは、右事故によつて被害を被つた者に対しその損害を賠償すべき義務があるものといわざるをえない。してみれば、右と同趣旨の見解のもとに、本件においてYに安全配慮義務不履行に基づく損害賠償責任を肯定した原審の判断は、正当として是認することができ、原審の右判断に所論の違法はない。