新宿労働基準監督署長(映画撮影技師)事件(労基法第9条の労働者)

新宿労働基準監督署長(映画撮影技師)事件(東京高裁平成14年7月11日判決)
「映画製作において撮影技師は監督の指示に従う義務があり、本件撮影技師も例外ではないこと、報酬が労務提供期間を基準に算定して支払われていること、個々の仕事についての諾否の自由が制約されていること、時間的・場所的拘束性が高いこと、労務提供の代替性がないこと、撮影機材はほとんどがプロダクションのものであること、プロダクションが本件撮影技師の報酬を労災保険料の算定基礎としていること等を総合して考えれば、本件撮影技師は労働基準法第9条にいう「労働者」に当たるとした。」


[事案の概要]
映画撮影技師であるXが、映画撮影従事中に、宿泊していた旅館において脳梗塞により死亡したことについて、Xの子が亡Xの死亡は業務に起因したものであるとして、Y労働基準監督署長に対し、労災保険法に基づいて遺族補償給付等の支給を請求したところ、亡Xは労働基準法第9条に規定する「労働者」ではないとの理由で不支給の決定を受けたため、その取消しを求めた。


[判決の要旨]
労災保険法の保険給付の対象となる労働者の意義については、同法にこれを定義した規定はないが、同法が労基法第8章「災害補償」に定める各規定の使用者の労災補償義務を補填する制度として制定されたものであることにかんがみると、労災保険法上の「労働者」は、労基法上の「労働者」と同一のものであると解するのが相当である。そして、労基法9条は、「労働者」とは、「職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。」と規定しており、その意とするところは、使用者との使用従属関係の下に労務を提供し、その対価として使用者から賃金の支払を受ける者をいうと解されるから、「労働者」に当たるか否かは、雇用、請負等の法形式にかかわらず、その実態が使用従属関係の下における労務の提供と評価するにふさわしいものであるかどうかによって判断すべきものであり、以上の点は原判決も説示するところである。そして、実際の使用従属関係の有無については、業務遂行上の指揮監督関係の存否・内容、支払われる報酬の性格・額、使用者とされる者と労働者とされる者との間における具体的な仕事の依頼、業務指示等に対する諾否の自由の有無、時間的及び場所的拘束性の有無・程度、労務提供の代替性の有無、業務用機材等機械・器具の負担関係、専属性の程度、使用者の服務規律の適用の有無、公租などの公的負担関係、その他諸般の事情を総合的に考慮して判断するのが相当である。〈Xの勤務実態について、以下の事実を認めた。・映画の製作において、レンズの選択、カメラのポジション、サイズ、アングル、被写体の写り方及び撮影方法等については、いずれもA監督の指示の下に行われており、本件映画に関しての最終的な決定権限はA監督にあったこと・亡Xの報酬は、本件映画1本の撮影作業に対するものとして120万円とされており、撮影日数に多少の変動があっても報酬の変更はないものとされていたものの、Bプロで決まっている日当と予定撮影日数を基礎として算定した額に打合せへの参加等を考慮して決められたものであるから、労働者性について疑う余地のない他の撮影助手、照明技師等について支払われていた報酬と本質的な差異はなかったこと・亡Xには、本件映画の撮影を引き受けるかどうかについては契約の自由があったが、契約を締結した以上、亡Xは、製作進行係(兼務助監督)CがプロデューサーであるD社長の指示の下に作成した予定表に従って行動しなければならなくなり、また、撮影技師として本件映画についてのA監督のイメージを把握してこれを映像に具象化すべき立場にあったから、本件映画の撮影に関し、亡Xが具体的な個々の仕事についてこれを拒否する自由は制約されていたこと・亡Xは、本件映画の撮影に従事することによりCの作成した予定表に従って集団で行動し、就労場所もロケ及びロケハンの現場と指定されていたものであって、時間的・場所的拘束性が高いものであったこと・本件映画の撮影について、Bプロは、亡Xの撮影技師としての技術に着目したA監督の推薦があったために、亡Xとの間で本件契約を締結するに至ったのだが、亡Xに、使用者の了解を得ずに自らの判断で他の者に労務を提供させ、あるいは補助者を使うことが認められてはいなかったこと・亡Xが本件映画の撮影に使用した撮影機材は、中尊寺金色堂の撮影について自己のカメラを使用したほかはすべてBプロのものであったこと・一方、亡Xが経済的にBプロの仕事に依存していたということはできず、亡XのBプロへの専属性の程度が低かったこと・亡Xには、従業員の就業時間、休憩時間、休日及び服務規律等を定めたBプロの就業規則は適用されず、亡Xの報酬の支払時期も、Bプロの従業員と異なる時期であったが、亡Xのみではなく,Bプロの従業員であると否とを問わず,ロケの期間中は,撮影スタッフに対しては就業規則が適用されないのが通例であったこと・亡Xの本件報酬に関しては、給与に関する源泉徴収ではなく、「芸能人報酬に関する源泉徴収」がされており、亡Xも本件報酬を事業所得として確定申告していた一方で、Bプロが昭和60年4月から昭和61年3月まで労災保険料の算定基礎に亡Xに対する本件報酬を含めていたこと〉亡Xの本件映画撮影業務については、亡XのBプロへの専属性は低く、Bプロの就業規則等の服務規律が適用されていないこと、亡Xの本件報酬が所得申告上事業所得として申告され、Bプロも事業報酬である芸能人報酬として源泉徴収を行っていること等使用従属関係を疑わせる事情もあるが、他方、映画製作は監督の指揮監督の下に行われるものであり、撮影技師は監督の指示に従う義務があること、本件映画の製作においても同様であり、高度な技術と芸術性を評価されていた亡Xといえどもその例外ではなかったこと、また、報酬も労務提供期間を基準にして算定して支払われていること、個々の仕事についての諾否の自由が制約されていること、時間的・場所的拘束性が高いこと、労務提供の代替性がないこと、撮影機材はほとんどがBプロのものであること、Bプロが亡Xの本件報酬を労災保険料の算定基礎としていること等を総合して考えれば、亡Xは、使用者との使用従属関係の下に労務を提供していたものと認めるのが相当であり、したがって、労基法9条にいう「労働者」に当たり、労災保険法の「労働者」に該当するというべきである。