新日本ハイパック事件(出向・人事権の濫用)

新日本ハイパック事件(長野地裁松本支部平成元年2月3日決定)
「出向命令が、これをなさざるを得ない合理的理由が見当たらないばかりか、家庭生活上重大な支障を来たすものであるにも拘わらず、会社はなんら配慮した形跡がないとした。」


[事案の概要]
Yは、ダンボール等の製造販売等を業とする株式会社で、Xは昭和39年Yに雇用され、以後一貫して松本工場に勤務し、昭和58年からは原紙運搬業務に従事していたものである。Xは、昭和61年から62年5月にかけて3回にわたって不注意により原紙の運搬を誤り、約35万円の損失をYに被らせた。YはXに対し、昭和62年6月4日、配紙ミスを理由に系列会社であるA社への出向を命じたが、Xはこれを拒否したことから、Yは同月18日付でXを懲戒解雇した。Yには、「会社は業務の都合により組合員に異動(転勤、出向、配置転換または昇格、昇進)を命ずることがあり、組合員はこれを拒むことができない。転勤・出向・配置転換・業務の引継などについては、就業規則の定めるところによる。」とする労働協約と、「業務上の都合により、従業員に転勤または出向を命ずることがある。前項により転勤、出向を命ぜられたものは原則として、発令の日から単身者の場合は3日以内に、その他の場合は7日以内に赴任しなければならない。」とする就業規則があった。


[決定の要旨]
Yには、右労働協約及び就業規則の各規定のほかには、出向の諸条件について具体的に定めた規定は見当たらないところであるが、右労働協約及び就業規則の各規定は、YにおいてXに対し、労働契約の内容として明示した労働条件の範囲内にあるものとして系列会社への出向を命ずることのできる特段の根拠となるものと解するのが相当である。しかし、Yにおいて本件出向命令をXに対し発することにつき、特段の根拠があるとしても、もとよりその権利の行使は信義誠実の原則に従ってなされるべきであり、当該具体的事情のもとにおいて、出向を命ずることが著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができないときは、右命令は、信義則違反ないし権利の濫用に当たるものとして、無効となることはいうまでもない。原紙運搬作業に長年に亘って従事してきたXにとって、原紙運搬業務に必要な知識経験において、格別研修をしなければ、同業務を処理できない点のあったことを認めるに足りる証拠は見当たらず、本件配紙ミスは単純な確認ミスの性質のもので、この点の意識改革を求める必要性のあることは肯認できないではないが、そのために会社の主張するような体験を松本工場を離れて遠隔の地のAにおいて最長三年間に亘って受けさせなければならないという点について、合理的な根拠があるものとは、とうてい理解し難い。すなわち、本件出向命令は、本件配紙ミスを契機としてXの再教育の必要性からなされたものではあるが、その再教育のために、松本工場を離れて遠隔の地のAにおいてこれをなさざるを得ない合理的理由が見当たらないばかりか、本件出向命令はXにとって家庭生活上重大な支障を来たし、極めて過酷なものであるにも拘らず、その点につきYはなんら配慮した形跡がなく、さらに前記認定のXのみならず、他の従業員らの作業ミスに対するYの従前の対応の仕方、Yから系列会社への出向事例にみられるその目的と人選の内容等を総合考慮すれば、本件出向命令は、その余の点につき判断するまでもなく、Y及びX間の労使の関係において遵守されるべき信義則に違反した不当な人事であり、権利の濫用に当たり無効のものと云わざるを得ない。本件懲戒解雇は、本件出向命令が権利の濫用に当たり無効のものであって、Xがこれを拒否したことには、正当の理由があるから、右拒否をもって就業規則83条2号の解雇事由に該当するものと認めることができない以上、本件懲戒解雇は、右就業規則の規定の解釈ないし適用を誤ったものとして無効のものと云うべきであり、かつ就業規則81条前段の懲戒手続においても、重大な瑕疵があって、著しく信義則に違反し、この点からも無効のものと云うべきである。