三井造船藤永田工場事件(配置転換は無効)

三井造船藤永田工場事件(大阪地裁昭和57年4月28日決定)
「内示までに一回だけ意向聴取をしたのみで、以後は配置転換の必要性を明らかにしていなかった。」


[事案の概要]
Xの母は、Xが大学2年生の時点で急死しており、Xの父は出生以来一貫して大阪の地で生活を続けてきたため、大阪を離れたくないと考えていた。


Xには兄弟はなく、Xは、父親と同居しなければならない状況にあった。このため、Xは、本社を大阪におき、他に大阪、神戸、東京に営業所を有するのみであったA会社ならば、大阪の地で生活しながら勤務できると考え、A社に応募した。A社は、その後、Y社に吸収合併された。Y会社は、大阪営業所藤永田工場の新造船部門の閉鎖に伴い、入社以来一貫して造船設計に従事してきた造船設計部所属のXに対して、大阪事業所藤永田工場から福岡営業所の営業部門への配置転換を命じた。Xは、再三再考を申し入れたが、再考はないとの返答がなされた。なお、XはY社労働組合の組合員であり、Y社とY社労働組合との間には、「会社は業務の都合によって、駐在、転勤もしくは所属部署の変更または社外への出向を命ずる。この場合、会社は本人の意向を徴するものとし、発令は、その日から二日を経た後にこれを行う。」及び「一時に多数の組合員について、所属部署を変更するときは、あらかじめ人数および変更理由等について、支部と協議する。」との労働協約が存在する。

[決定の要旨]
YはXを福岡営業所に転勤させる理由の一つとして営業部門の強化を掲げ、営業部門の強化を会社の重点目標として掲げること自体は充分理解できるものであるが、右のような事情下〈Xは入社以来一貫して造船設計に従事してきた。〉にあるXを営業部門に置くことが、どのような点から具体的に営業の強化に副うのか、客観的に他をして納得を得させるような根拠は、前記5〈事案の概要参照〉のYのXに対する説得過程においても、本件手続の中においても、明らかにされてはいないといわなければならない。さらに、Xは大学卒で、将来管理職に就くことが予想される者であるから、本店のほか各地にある支店や営業所、工場に配置転換されることは当然のことである旨Yは主張する。将来管理職に就くことが予想される者らにとって、当該会社の各部門の実情を知る機会を広く得るためにも、右の事柄は一般的に望まれることであるとは言えようが、大学卒であるという一事から、Y会社の如き大会社で、全国各地に営業所等を有する場合に、個人的事情を全く抜きにして会社側の都合だけで配転を命ずるというのも行き過ぎの感を免れない。本件においては、XとYの間で、Xの勤務場所を藤永田工場に特定する労働契約の内容であったとは勿論言い難いと考えられるが、さりとて、Yの都合により、どこでも事由にXの勤務場所を決定しうるといいうるかも問題であろうと考えられる。Y会社とY社労働組合との間には、5の1に記載した内容の労働協約〈事案の概要参照〉があり、そこにいう「会社は本人の意向を徴するものとし」とは、形式的にただ意見を聞けば良いというものでは勿論なく(もし仮にそういうことであれば、本人の意向を徴する意義が全くないことになる。)配転等を命ずる使用者側の業務の都合と、配転等を命ずるに際し、前記の両者の利害の調整を判断する機会と材料を与えるところに、右意向聴取の意義があるものと考えられる。従業員の配置、異動といったことについては、一般的には使用者にその都合によってこれを決定する裁量権があり、労働者はこれを使用者に委ねたものと言い得ようが、労働契約関係という継続的法律関係においては、当然その基礎となる信頼関係の存在が使用者、従業員のいずれにおいても必要であり、双方においてこの信頼関係を破壊するような行為は仮に権利行使の形をとっていても許されないものであり、かかる行為は法律的にも無効のものといわなければならない。かかる観点から本件配転命令及びこれに至るまでの経緯をみるとき、〈中略〉会社側は本件配転命令を内示するまでには、一回だけ簡単な、しかもいわば玉野〈岡山〉への異動を予想したうえとも受けとれるような形での意向聴取をしたのみであったこと、さらに〈中略〉、本件配転命令を内示した昭和54年3月14日以降は、度重なるXからの再考の依頼に対してはこれを拒絶する一方で、前記の如き個人的事情を有するXに対し、そういう事情の存在にも拘らずXに是非とも福岡営業所にて勤務して貰わなければならない会社の事情といったものが、具体的に明らかにされていないと言わざるを得ず、その他前記の諸事実を総合判断すると、YのなしたXに対する本件配転命令は人事権の濫用として無効のものといわざるを得ないと判断する。