下関商業高校事件(退職勧奨と不法行為)

下関商業高校事件(最高裁昭和55年7月10日第一小法廷判決)
[事実の概要]
Y(市)の職員Aは、高等学校教諭のX1、X2(以下「Xら」)に対して、Xらは第1回目の退職勧奨(2月26目)以来一貫して勧奨には応じないことを表明していたにもかかわらず、X1に対しては3月12目から5月27目までの間に11回、X2に対しては3月12目から7月14日までの間に13回、それぞれ市教委に出頭を命じ、1~4人の勧奨担当官が1回につき短いときでも20分、長いときには2時間15分に及ぶ勧奨を繰り返した。加えて、Xらが退職するまで勧奨を続ける旨の発言をし、また、組合が要求していた宿直廃止や欠員補充について、Xらが退職勧奨に応じない限り応じられないとの態度をとる等した。


[判決の要旨]
〈原審(広島高裁昭和52年1月24日判決)の判断を容認した。〉〈原判決の要旨〉退職勧奨は、任命権者がその人事権に基づき、雇用関係あるものに対し、自発的な退職意思の形成を慫慂するためになす説得等の行為であって、法律に根拠を持つ行政行為ではなく、単なる事実行為である。従って被勧奨者は何らの拘束なしに自由にその意思を決定しうるこというまでもない。なお勧奨は一定の方法に従って行なわれる必要はなく、退職を求める人事行政上の事情や、被勧奨者の健康状態、勤務に対する適応性、家庭の事情その他被勧奨者の要望等具体的情況に応じて、退職の同意を得るために適切な種々の観点からの説得方法を用いることができるが、いずれにしても、被勧奨者の任意の意思形成を妨げ、あるいは名誉感情を害するごとき言動が許されないことは言うまでもなく、そのような勧奨行為は違法な権利侵害として不法行為を構成する場合があることは当然である。これを本件退職勧奨についてみるに、〈Xらが第一回目勧奨以来一貫して勧奨に応じないことを表明していること、Xらに対して極めて多数回の勧奨が行われていること、その期間もそれぞれかなり長期にわたっていることを認めた上で、〉あまりにも執拗になされた感はまぬがれず、退職勧奨として許容される限界を越えているものというべきである。また、本件以前には例年年度内(3月31日)で勧奨は打切られていたのに本件の場合は年度をこえて引続き勧奨が行なわれ、加えてAらはXらに対し、退職するまで勧奨を続ける旨の発言を繰り返し述べて、Xらに際限なく勧奨が続くのではないかとの不安感を与え心理的圧迫を加えたものであって許されないものといわなければならない。さらに、Aらは右のような長期間にわたる勧奨を続け、電算機の講習期間中もXらの要請を無視して呼び出すなど、終始高圧的な態度をとり続け、当時「組合」が要求していた宿直廃止や欠員補充についても、本件とは何ら関係なく別途解決すべき問題であるのに、Xらが退職しない限り右の要求には応じられないとの態度を示し、Xらをして、右各問題が解決しないのは自らが退職勧奨に応じないところにあるものと思い悩ませ、Xらに対し二者択一を迫るがごとき心理的圧迫を加えたものであり、またXらに対するレポート、研究物の提出命令も、その経過にてらすと、真にその必要性があったものとは解し難く、いずれも不当といわねばならない。本件退職勧奨は、Xらの任命権者である市教委の決定に基づき、Y市の公務員であるA(AがY市の公務員であることは当事者間に争いがない)らにおいてなされたものであるが、前述のように、退職勧奨は、任命権者の人事権に基づく行為であり、Y市の公権力の行使というべきである。そしてAらは自己の職務行為としてXらに退職を勧奨するに当り、その限度を越えXらに義務なきことを強要したものであり、これは少くとも過失によるものと認められるから、Y市はXらに対し、国家賠償法第1条第1項により、右のごとき違法な退職勧奨によってXらが受けた損害を賠償すべき義務がある。※ 国家賠償法(昭和22年10月27日法律第125号)(抄)[第1条第1項]国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。