三菱重工業神戸造船所事件(安全配慮義務)

三菱重工業神戸造船所事件(最高裁平成3年4月11日第一小法廷判決)
「下請企業の労働者が造船所(元請)で労務の提供をするにあたって、元請の管理する設備、工具等を用い、事実上元請の指揮、監督を受けて稼動し、その作業内容も元請の労働者とほとんど同じであったという事実関係の下においては、元請負人は、下請企業の労働者との間に特別な社会的接触の関係に入ったもので、信義則上当該労働者に対し安全配慮義務を負うものであるとした原審の判断を認容した。」


[事実の概要]
Yは、造船業を営む株式会社であり、Xらは、Yの下請企業の労働者として約20年間ハンマー打ち作業等に従事していた者であるが、Xらは、作業に伴う騒音により聴力障害に罹患し、これについて元請会社であるYに安全配慮義務違反があるとして、Yに対し損害賠償の請求を行った。


[判決の要旨]
Yの下請企業の労働者がYの神戸造船所で労務の提供をするに当たっては、いわゆる社外工として、Yの管理する設備、工具等を用い、事実上Yの指揮、監督を受けて稼働し、その作業内容もYの従業員であるいわゆる本工とほとんど同じであったというのであり、このような事実関係の下においては、Yは、下請企業の労働者との間に特別な社会的接触の関係に入ったもので、信義則上、右労働者に対して安全配慮義務を負うものであるとした原審の判断は、正当として是認することができる。


[原判決の要旨]
雇用契約は、労働者の労務提供と使用者の報酬支払をその基本内容とする双務有償契約であるが、通常の場合、労働者は、使用者の指定した場所に配置され、使用者の供給する設備、器具等を用いて労務の提供を行うものであるから、使用者は、右の報酬支払義務にとどまらず、労働者が労務提供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命、身体、健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負っているものと解するのが相当である。右のような安全配慮義務は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきものである。ところで、前記のとおり安全配慮義務が、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として信義則上、一般的に認められるべきものである点にかんがみると、下請企業(会社又は個人)と元請企業(会社又は個人)間の請負契約に基づき、下請企業の労働者(以下「下請労働者」という。)が、いわゆる社外工として、下請企業を通じて元請企業の指定した場所に配置され、元請企業の供給する設備、器具等を用いて又は元請企業の指示のもとに労務の提供を行う場合には、下請労働者と元請企業は、直接の雇用契約関係にはないが、元請企業と下請企業との請負契約及び下請企業と下請労働者との雇用契約を媒介として間接的に成立した法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入ったものと解することができ、これを実質的にみても、元請企業は作業場所・設備・器具等の支配管理又は作業上の指示を通して、物的環境、あるいは作業行動又は作業内容上から来る下請労働者に対する労働災害ないし職業病発生の危険を予見し、右発生の結果を回避することが可能であり、かつ、信義則上、当該危険を予見し、結果を回避すべきことが要請されてしかるべきであると考えられるから、元請企業は、下請労働者が当該労務を提供する過程において、前記安全配慮義務を負うに至るものと解するのが相当である。そして、この理は、元請企業と孫請企業の労働者との関係においても当てはまるものというべきである。騒音職場における事業者等のその被用者・下請工に対する安全配慮義務の内容としては、Yにおいて、騒音性難聴予防対策を、問題とされる時代における技術水準、医学的知見、経済的、社会的情勢に応じて可能な範囲で最善の手段方法をもって実施すべきであったものというべきである。<中略><Yは、昭和44年ころ騒音の絶滅対策に取り組んだが、それ以前には騒音の減少を正面に掲げた取組が行われていないこと、遮音板の設置等について種々の困難や問題があることは否定し難いが、可能な措置とその効果について、具体的に検討されたことはないこと、騒音処理技術の向上や技術者の養成に努力が払われていないこと>の結果、Y神戸造船所構内には、工法改善後も許容基準を超えるような騒音が残存していた<中略>。以上の諸点に、YはY神戸造船所構内に強烈な騒音を発する作業場を数多く抱え、難聴患者が多数発生していたことを当然認識していたものと認められること、環境改善は騒音性難聴防止のために最も基本的効果的な対策であること、一方、防音用耳栓による防止対策は、必ずしも万全の効果を期待できるものでないことなどを考慮すれば、Yの行った環境改善面における前記措置・対策は、その要求される水準を考慮しても、環境改善事項を履行していたものとは認め難い。<中略>衛生面の対策としては、<Yは、耳栓の支給とその装着指導を主要なものとして実行してきたこと、騒音測定と聴力検査は戦後比較的早い時期から実施されたが、それらは耳栓の支給・装着指導を万全にすることを主たる目的としたこと、耳栓の支給・装着指導だけでは、騒音性難聴の防止対策として十分でないこと、従業員に対する3年に1度の聴力調査は作業場の騒音状況からして早期発見のためには間隔が開きすぎていること、難聴の進行がある者に対し配置転換や騒音曝露時間短縮の措置をとろうとしたことがないことを認定した上で、>さらに、社外工に対しては、耳栓の支給さえ十分でなく、Yは下請企業に対してその支給を指導したにとどまり、聴力検査も行わず、聴力低下の進んだ者に対し配置転換等の措置をとるよう下請企業に働きかけたこともないことは、前記認定事実に徴し明らかである。したがって、Yには、以上の点でも安全配慮義務の不履行がある。