千代田工業事件(募集の際の労働条件と実際の労働条件の相違)

千代田工業事件(大阪高裁平成2年3月8日判決)
「求人票記載の労働条件は、当事者間においてこれと異なる別段の合意をするなど特段の事情がない限り、雇用契約の内容になるものと解するのが相当とされた。」


[事案の概要]
1 会社Yにおいては、従業員を新規に学校を卒業した者を対象として、毎年3月頃に定期的に採用する「正社員」と、職業安定所等を通じ必要に応じて不定期に採用する「特別職」に峻別していた。正社員と特別職では、選考方法及び労働条件等においても顕著な差異があった。


2 Yは、設計関連業務の停滞解消を目的として、トレースの能力を持つ従業員2名を募集することとし、職業安定所に対して、雇用期間欄の「常用」に丸印をつけ、具体的雇用期間欄を補充することなく空白のままとして、定年制欄に「有」に丸印をつけ、「55歳」と記載して求人をした。3 Xは、職業安定所において、本件求人票をみて、期間の定めのない常用雇用を募集しているものと理解し、Yの相談役Aと面接の際にYの事業内容や労働条件について説明を受けた上で、3ヶ月の試用期間を設けて採用されることとなった。

[判決の要旨]
〈1、2の事実に加え、Yは、本件求人票を見て応募してきたトレーサー検定2級の資格を持つBと3ヶ月の雇用(試用)契約をし、試用期間満了後は1年未満の期間の定めのある労働契約を締結ないし更新していることを認めた上で、〉以上認定事実からすれば、Yが本件求人票により求人をした意図ないし目的は、正社員を雇用することにあるのではなく、期間の定めのある特別職を雇用することにあり、Yは、かかる内心の意思のもとに応募者との間で期間の定めのある特別職として雇用契約を締結せんと考えていたことは否定し難いものである。ところが、Yの右意図ないし目的は、本件求人票の記載に表示されているとは到底いえず、かえって「常用」としながら具体的な雇用期間欄への記載をすることなく定年を55歳と明記したことは、右意図ないし目的を逸脱して、期間の定めのない常用従業員を求人していると読み取れるものである。 〈本件求人票の意義について〉職業安定法18条は、求人者は求人の申込みに当たり公共職業安定所に対し、その従事すべき業務の内容及び賃金、労働時間その他の労働条件を明示すべき義務を定めているが、その趣旨とするところは、積極的には、求人者に対し真実の労働条件の提示を義務付けることにより、公共職業安定所を介して求職者に対し真実の労働条件を認識させたうえ、ほかの求人との比較考量をしていずれの求人に応募するかの選択の機会を与えることにあり、消極的には、求人者が現実の労働条件と異なる好条件を餌にして雇用契約を締結し、それを信じた労働者を予期に反する悪条件で労働を強いたりするなどの弊害を防止し、もって職業の安定などを図らんとするものである。かくの如き求人票の真実性、重要性、公共性等からして、求職者は当然求人票記載の労働条件が雇用契約の内容になるものと考えるし、通常求人者も求人票に記載した労働条件が雇用契約の内容になることを前提としていることに鑑みるならば、求人票記載の労働条件は、当事者間においてこれと異なる別段の合意をするなど特段の事情がない限り、雇用契約の内容になるものと解するのが相当である。これを本件について敷衍するならば、Yは、本件求人票の雇用期間欄に「常用」と記載しながら具体的に雇用期間欄への記載をしなかったものであるから、Yの内心の意思が前認定のとおり期間の定めのある特別職を雇用することにあったにせよ、雇用契約締結時に右内心の意思がXに表示され雇用期間について別段の合意をするなどの特段の事情がない限り、右内心の意思にかかわりなく、本件求人票記載の労働条件にそった期間の定めのない常用従業員であることが雇用契約の内容になるものと解するのが相当である。 〈特段の事情の有無について〉〈特段の事情については、相談役Aが雇用期間1年の特別職であることを説明し、了解を得たことの他いずれも認定せずに、〉そうすると、本件雇用契約は、Yが期間の定めのある特別職として締結する内心の意思を有していたものであっても、それが表示されてXとの間で合意されるなど右特段の事情の存在を認め難い以上、本件求人票の記載にそって期間の定めのない常用従業員であることを内容として成立したものというべきである。 〈なお、Xは、試用期間満了後、期間の定めと、就業規定により特別職として勤務するとしか記載されていない契約書に署名捺印しており、そのことにより、本件契約は、期間の定めのない契約から期間の定めのある契約に変更されたものとされた。〉