日経クイック情報事件(労働者の人格権の尊重)

日経クイック情報事件(東京地裁平成14年2月26日判決)
「社内における誹謗中傷メールの送信者であると合理的に疑われる労働者について、使用者が管理するファイルサーバ上の私用メールを調査することは、違法な行為とはいえないとされた。」


[事実の概要]
Y会社は、経済情報等をコンピューター処理して販売する株式会社であり、Xは、平成9年10月にY会社に雇用され、平成12年3月1日付で退社した者である。平成11年12月上旬頃、社員Aの名義を騙って社員Bを誹謗中傷する匿名(無料メールアドレス)のメールが送信されることがあった。Y会社は、本件誹謗中傷メールの発信者を調査し、Xが発信者であると疑われたため、社内共有ファイルサーバ上のXの領域に保存された私用メール等を調査するなどし、また、Xが求めた当該私用メールデータの削除に応じなかった。Xは、Y会社のこれらの行為が不法行為に当たるとして損害賠償を求めた。


[判決の要旨]
Y会社としては、まず、誹謗中傷メール事件について、Xにはその送信者であると合理的に疑われる事情が存したことから、Xから事情聴取したが、その結果、Xが送信者であることを否定する一方、その疑いを拭い去ることができなかったのであるから、さらに調査をする必要があり、事件が社内でメールを使用して行われたことからすると、その犯人の特定につながる情報がXのメールファイルに書かれている可能性があり、その内容を点検する必要があった。また、私用メール事件についても、私用メールは、送信者が文書を考え作成し送信することにより、送信者がその間職務専念義務に違反し、かつ、私用で会社の施設を使用する企業秩序違反行為を行うことになることはもちろん、受信者の就労を阻害することにもなる。また、本件ではこれに止まらず、受信者に返事を求める内容のもの、これに応じて現に返信として私用メールが送信されたものが相当数存在する。これは、自分が職務専念義務等に違反するだけでなく、受信者に返事の文書を考え作成し送信させることにより、送信者にその間職務専念義務に違反し、私用で会社の施設を使用させるという企業秩序違反行為を行わせるものである。このような行為は、Y会社の就業規則の懲戒事由に該当し、懲戒処分の対象となり得る行為である。そして、Xの私用メールの量は、平成11年9月から誹謗中傷メールの調査が始まる直前の12月2日までの間は、無視できないものであり、日によっては、頻繁に私用メールのやり取りがなされ、仕事の合間に行ったという程度ではないのであるから、このように多量の業務外の私用メールの存在が明らかになった以上、新たにこれについてXに関して調査する必要が生じた。そして、業務外の私用メールであるか否かは、その題名だけから的確に判断することはできず、その内容から判断する必要がある。なお、Y会社が本件程度の量の私用メールの交信を黙認していたと評価されるような事実を認めるに足りる証拠はない。Y会社が行った調査は、業務に必要な情報を保存する目的でY会社が所有し管理するファイルサーバー上のデータの調査であり、かつ、このような場所は、会社に持ち込まれた私物を保管させるために貸与されるロッカー等のスペースとは異なり、業務に何らかの関連を有する情報が保存されていると判断されるから、上記のとおりファイルの内容を含めて調査の必要が存する以上、その調査が社会的に許容し得る限界を超えてXの精神的自由を侵害した違法な行為であるとはいえない。Xが指摘する点についてみるに、まず、Xに調査することを事前に告知しなかったことは、事前の継続的な監視とは異なり、既に送受信されたメールを特定の目的で事後に調査するものであること、Xが誹謗中傷メールと私用メールという秩序違反行為を行ったと疑われる状況があり、事前の告知による調査への影響を考慮せざるを得ないことからすると、不当なこととはいえない。また、他の社員に対し同時に私用メールの調査を行わなかったことについては、Xには、誹謗中傷メール事件の調査としてファイルの内容を含めて調査の必要が存していたし、私用メール事件としても、Xについて、過度の私用メールが発覚した以上、Xについてのみ調査を行うことが、他の社員との関係で公平を欠いたり、Xへの調査が違法となることはない。<中略>さらに、上記調査目的に照らして、結果としては誹謗中傷メール事件にも、私用メール事件にも関係を有しない私的なファイルまで調査される結果となったとしても、真にやむを得ないことで、そのような情報を入手してしまったからといって調査自体が違法となるとはいえない。処分を相当とする事案に関して、調査ないし処分の決定に必要な範囲で関係者がその対象となる行為の内容を知ることは当然であり、それが私用メールであっても違法な行為ではない。Yらが不必要なものにまで当該私用メールを広く閲覧させたことはない。<私用メールを>保存する行為については、処分事案に関する調査記録は当該事案に関連する紛争に備えて、あるいは同種事件への対応の参考資料として相当期間保管の必要があり、上記のとおり違法に入手したものではない以上、これを削除する義務はなく、それをしないことが違法となることはない。また、直接処分の理由とされたもの以外についても、Yが業務目的で所有し管理する機器等を個人目的に利用したという点で、私用メール事件の情状に関するものということができるから、これらについても同様である。<中略>返還しない行為については、Xにおいて、それらを具体的に必要とする事情が存し、かつ、Xがそれらを保有していないのであれば格別、そのような事実が認められない本件においては、Yにはこれらを返還する義務はなく、それをしないことが違法となることはない。