JR東海出向事件(出向・人事権の濫用)

JR東海出向事件(大阪地裁昭和62年11月30日決定)
「出向対象者の人選が合理性を有し、妥当なものでなければ、出向命令は人事権の濫用として無効になるとした。」


[事案の概要]
Yは日本国有鉄道の東海地域を中心とする鉄道事業等を国鉄より承継したもの、Xは、国鉄の分割民営化に伴い国鉄を退職し、昭和62年4月1日にYに採用された者であるが、Yは、Xから出向する旨の同意が得られなかったにもかかわらず、昭和62年10月12日に同月26日付けの出向命令を通知した。


[決定の要旨]
使用者が労働者に対し出向を命ずるには、当該労働者の承諾その他これを法律上正当づける特段の根拠が必要である<中略>。新会社への社員採用手続が進められた時点においては、Yがいまだ設立に至っていなかったため、新会社との労働契約の内容としては新会社設立委員より示された「労働条件」が存するのみで、Yの就業規則も存在しなかったのであるが、右「労働条件」には将来の労働契約の内容とするに足りるだけの一応具体的な記載がなされていたといえるから、右「労働条件」の内容が、設立後の新会社と社員との間の労働契約の内容をなすことが法律上当然に予定されていたというべきであり、また右「労働条件」の内容が新会社の就業規則の内容として実質的に盛り込まれるべきことも当然に予定されていたと認めるのが相当である。そして、現にY発足と同時に制定された就業規則の内容は、出向に関する定めも含めて前記の「労働条件」に明示されたところと実質的にほぼ同一の内容であり、出向についての右就業規則の規定及び就業規則に基づいて制定された「出向規程」の内容も一応合理的なものと認めることができる。そうすると、Xらは、いずれも右「労働条件」を、少なくとも関連企業等への出向がありうることをも含めて十分認識し、これらの条件をあらかじめ了解した上で新会社への就職申し込みをしたものといわざるを得ないから、Xらは、YとXらとの間の労働契約成立と同時にYから関連企業等に出向を命ぜられたときには原則としてこれに従う必要があるというべきである。以上によれば、Yは、Xらの出向についての採用の際の同意に基づき、Xらに対し関連企業等への出向を命ずる権限を有するということができる。出向を命ずる場合には、出向につきそれ相当の業務上の必要性がなければならないことはもとより、出向先の労働条件等が従来のそれに比べて著しく苛酷劣悪とならず、また出向対象者の人選も合理性を有し妥当なものでなければ、その出向命令は人事権の濫用として無効であるというべく、さらに通勤、家庭状況等で出向者の生活に著しい不利益を生じさせるときも人事権濫用の一場面として、出向拒否の正当事由が認められることもある<中略>。Image-life 095<出向命令の必要性について、>Yにおいては、余裕人員の有効活用、社員の民間企業人としての教育等の観点から、出向は是非とも必要な重要施策であり、したがって、本件出向には業務上の必要性があるというべきである。<中略><労働条件等の変更による不利益の程度について、>Xらの出向先の業務内容は、国鉄入社以来車両の検査修繕とか運転あるいは保線作業の指示点検という職場で専門的な技術を習得し、その技術を磨いてきたXらにとっては、いずれも単純な作業であり、したがって、本件出向はXらにとっては全くの異職種への職務変更であるというべく、また出向先での勤務形態もいずれも夜勤という反生理的で身体への負担のより大きいものとなり、これら労働条件の変化によりXらはいずれもかなりの不利益を受けることは明らかである。そして、そのように出向者の受ける不利益がかなり大きい場合には、特に出向者の人選が合理的になされるべきことがより強く要請されるというべきである。<中略><人選の合理性について、>Yの主張する右人選の基準は事前に設定されていたものかどうかについての疑問も残るうえ、その基準事態も、その説定理由等の一部に必ずしも明確とはいえない点があること、仮に右の人選基準によるとしても、その除外事由該当者を除いても相当多数の社員が出向対象者として残ることとなるはずであるが、それら多数の対象者の中からなぜXらが選ばれたのかは全く不明であり、Yが、本件出向に際して、人選の合理性をどの程度考慮したのかについては、きわめて疑問であるといわざるを得ない。もとより、出向命令が使用者の人事権行使の一環としてなされるものである以上、人選の合理性の判断に際しては使用者の裁量権を無視することはできないけれども、特に本件の場合のように、出向先の職種が従来勤めてきた職種と大幅に異なるものとなったり、あるいは勤務形態が夜勤中心になるなど労働条件がかなり不利益に変更する場合で、かつ出向者が特定の業務と関係なく余裕人員の活用として代替性を有する場合には、出向者の人選はより慎重に公正になされなければならないというべきであり、その際、その人選公正という観点からすれば、出向先の職種とか労働条件とかを明示して全ての社員に対して公募するのが望ましいけれども、そこまでの手続は必要ないにしても、より多くの社員に対して出向の打診を行うなどの公正な手続が必要と考えられるにもかかわらず、YがXら以外の社員にそうした働きかけをした事実は疎明されていない。以上のような状況からすれば、Xらを本件出向先の出向者として人選したことの合理性には重大な疑問があるというべく、本件各出向命令は人事権の濫用として無効であるといわざるを得ない。