丸子警報機事件(有期労働契約・賃金格差)

丸子警報機事件(長野地裁上田支部平成8年3月15日判決)
[事案の概要]
Y会社の就業規則には、従業員を「事務員」「作業員」「嘱託」「臨時傭員」の4種類に分ける旨の定めがあり、通常、会社内では、前二者を正社員、後二者を(狭義では「臨時傭員」のみ)を臨時社員と呼んでいる。平成6年1月1日現在の従業員数は155名であるが、うち110名が正社員(男性87名、女性23名)、45名が臨時社員(女性43名、男性2名(嘱託))である。


Xらは、いずれもYの女性臨時社員であり、いずれも原則として雇用期間2か月の雇用契約を更新するという形で継続して勤務している。Xらは、女性正社員と同じ組立ラインに配属され、同様の仕事に従事しており、その勤務時間も通常午前8時20分から午後5時までで、他の正社員と同じである(ただし、午後4時45分から15分間は残業扱い。)。勤務日数も正社員と同じであり、いわゆるQCサークル活動にも正社員とほぼ同様に参加している。Y社の賃金体系においては、正社員については基本給は原則的には年功序列となっている一方で、臨時職員については3ランクに分かれており、勤続年数10年以上(A)、勤続年数3年以上10年未満(B)、3年未満(C)となっている。Xらは、Yが同一(価値)労働同一賃金の原則という公序良俗に反しているとして、損害賠償を求めた。

[判決の要旨]
〈同一(価値)労働同一賃金の原則について、これを明言する実定法の規定は存在しないとし、また、我が国の多くの企業において同一(価値)労働に単純に同一賃金を支払ってきたわけではないこと及び労働価値が同一であるか否かを客観性をもって評価判定することが著しく困難であることから、これに反する賃金格差が直ちに違法となるという意味での公序とみなすことはできないとした上で、〉このように、同一(価値)労働同一賃金の原則は、労働関係を一般的に規律する法範として存在すると考えることはできないけれども、賃金格差が現に存在しその違法性が争われているときは、その違法性の判断に当たり、この原則の理念が考慮されないで良いというわけでは決してない。けだし、労働基準法3条、4条のような差別禁止規定は、直接的には社会的身分や性による差別を禁止しているものではあるが、その根底には、およそ人はその労働に対し、等しく報われなければならないという均等待遇の理念が存在していると解される。それは言わば、人格の価値を平等と見る市民法の普遍的な原理と考えるべきものである。前記のような年齢給、生活給制度との整合性や労働の価値の判断の困難性から、労働基準法における明文の規定こそ見送られたものの、その草案の段階では、右の如き理念に基づき同一(価値)労働同一賃金の原則が掲げられていたことも惹起されなければならない。したがって、同一(価値)労働同一賃金の原則の基礎にある均等待遇の理念は、賃金格差の違法性判断において、ひとつの重要な判断要素として考慮されるべきであって、その理念に反する賃金格差は、使用者に許された裁量の範囲を逸脱したものとして、控除良俗違反の違法を招来する場合があると言うべきである。右の観点から、本件におけるXら女性臨時社員と正社員との賃金格差について検討する。これまで述べた本件における状況、すなわち、Xらライン作業に従事する臨時社員と、同じライン作業に従事する女性正社員の業務とを比べると、従事する職種、作業の内容、勤務時間及び日数並びにいわゆるQCサークル活動への関与などすべてが同様であること、臨時社員の勤務年数も長い者では25年を超えており、長年働き続けるつもりで勤務しているという点でも女性正社員と何ら変わりがないこと、女性臨時社員の採用の際にも、その後の契約更新においても、少なくとも採用されるXらの側においては、自己の身分について明確な認識を持ち難い状況であったことなどにかんがみれば、Xら臨時社員の提供する労働内容は、その外形面においても、Yへの帰属意識という内面においても、Y会社の女性正社員と全く同一であると言える。したがって、正社員の賃金が前提事実記載のとおり年功序列によって上昇するのであれば、臨時社員においても正社員と同様ないしこれに準じた年功序列的な賃金の上昇を期待し、勤務年数を重ねるに従ってその期待からの不満を増大させるのも無理からぬところである。このような場合、使用者たるYにおいては、一定年月以上勤務した臨時社員には正社員となる途を用意するか、あるいは臨時社員の地位はそのままとしても、同一労働に従事させる以上は正社員に準じた年功序列制の賃金体系を設ける必要があったと言うべきである。しかるに、Xらを臨時社員として採用したままこれを固定化し、2か月ごとの雇用期間の更新を形式的に繰り返すことにより、女性正社員との顕著な賃金格差を維持拡大しつつ長期間の雇用を継続したことは、前述した同一(価値)労働同一賃金の原則の根底にある均等待遇の理念に違反する格差であり、単に妥当性を欠くというにとどまらず公序良俗違反として違法となるものと言うべきである(なお、前提事実記載のとおり、臨時社員にもその勤続年数に応じその基本給ABCの3段階の区分が設けられていたが、その額の差はわずかで、かつ勤続10年以上は一律であることから、正社員の年功序列制に準ずるものとは到底言えない。)。もっとも、均等待遇の理念も抽象的なものであって、均等に扱うための前提となる諸要素の判断に幅がある以上は、その幅の範囲内における待遇の差に使用者側の裁量も認めざるを得ないところである。したがって、本件においても、Xら臨時社員と女性正社員の賃金格差がすべて違法となるというものではない。前提要素として最も重要な労働内容が同一であること、一定期間以上勤務した臨時社員については年功という要素も正社員と同様に考慮すべきであること、その他本件に現れた一切の事情に加え、Yにおいて同一(価値)労働同一賃金の原則が公序ではないということのほか賃金格差を正当化する事情を何ら主張立証していないことも考慮すれば、Xらの賃金が、同じ勤続年数の女性正社員の8割以下となるときは、許容される賃金格差の範囲を明らかに越え、その限度においてYの裁量が公序良俗違反として違法となると判断すべきである。