大日本印刷事件(採用内定)

大日本印刷事件(最高裁昭和54年7月20日第二小法廷判決)
「大学卒業予定者の採用内定により就労の始期を大学卒業直後とする解約権留保付労働契約が成立したものとされた。採用内定の取消事由は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られるとされた。」


[事実の概要]
昭和44年3月に大学を卒業予定のXが、大学の推薦を受けて、Y会社の求人募集に応じ、7月2日にその筆記試験及び適性検査を受け、同日身上調書を提出した。Xは右試験に合格し、Yの指示により、同月5日に面接試験及び身体検査を受け、同月13日にYから採用内定の通知を受けた。Xは、Yからの求めに応じて、所要事項を記載した誓約書を提出し、就職を予定していたところ、卒業直前の昭和44年2月に突然Yから採用内定取消しの通知を受けた。


[判決の要旨]
企業が大学の新規卒業者を採用するについて、早期に採用試験を実施して採用を内定する、いわゆる採用内定の制度は、従来わが国において広く行われているところであるが、その実態は多様であるため、採用内定の法的性質について一義的に論断することは困難である。したがって、具体的事案につき、採用内定の法的性質を判断するにあたっては、当該企業の当該年度における採用内定の事実関係に即してこれを検討する必要がある。〈事案の概要に挙げられた事実等を認定した上で、〉本件採用内定通知のほかには労働契約締結のための特段の意思表示をすることが予定されていなかったことを考慮するとき、Yからの募集(申込みの誘引)に対し、Xが応募したのは、労働契約の申込みであり、これに対するYからの採用内定通知は、右申込みに対する承諾であって、Xの本件誓約書の提出とあいまって、これにより、XとYとの間に、Xの就労の始期を昭和44年大学卒業直後とし、それまでの間、本件誓約書記載の5項目の採用内定取消事由に基づく解約権を留保した労働契約が成立したと解するのを相当とした原審の判断は正当であって、原判決に所論の違法はない。わが国の雇用事情に照らすとき、大学新規卒業予定者で、いったん特定企業との間に採用内定の関係に入った者は、このように解約権留保付であるとはいえ、卒業後の就労を期して、他企業への就職の機会と可能性を放棄するのが通例であるから、就労の有無という違いはあるが、採用内定者の地位は、一定の試用期間を付して雇用関係に入った者の試用期間中の地位と基本的には異なるところはないとみるべきである。ところで、試用契約における解約権の留保は、大学卒業者の新規採用にあたり、採否決定の当初においては、その者の資質、性格、能力その他いわゆる管理職要員としての適格性の有無に関連する事項について必要な調査を行い、適切な判定資料を十分に蒐集することができないため、後日における調査や観察に基づく最終的決定を留保する趣旨でされるものと解され、今日における雇用の実情にかんがみるときは、このような留保約款を設けることも、合理性をもつものとしてその効力を肯定することができるが、他方、雇用契約の締結に際しては企業者が一般的には個々の労働者に対して社会的に優越した地位にあることを考慮するとき、留保解約権の行使は、右のような解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存在し社会通念上相当として是認することができる場合にのみ許されるものと解すべきであることは、当裁判所の判例とするところである(当裁判所昭和48年12月12日大法廷判決〈三菱樹脂事件〉)。右の理は、採用内定期間中の留保解約権の行使に同様に妥当するものと考えられ、したがって、採用内定の取消事由は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られると解するのが相当である。〈Yは、Xの不適格性(グルーミーな印象)を当初から認識していたが、それを打ち消す材料がでなかったために採用内定を取消した、とのYの主張に対し、〉グルーミーな印象であることは当初からわかっていたことであるから、Yとしては、その段階で調査を尽くせば、従業員の適格性の有無を判断することができたのに、不適格と思いながら採用を内定し、その後右右不適格性を打ち消す内容がでなかったので内定を取り消すということは、解約権留保の趣旨、目的に照らして社会通念上相当として是認することができず、解約権の濫用というべき〈である。〉