フォセコ・ジャパン・リミティッド事件(退職後の競業避止義務)

フォセコ・ジャパン・リミティッド事件(奈良地裁昭和45年10月23日判決)
「秘密保持義務を実質的に担保するために特約により退職後における一定期間競業避止義務を負わせることは適法・有効であって、制限期間が2年間であり在職中機密保持手当が支給されていたこと等の事情を総合すると、本件契約の競業制限は合理的な範囲を超えているとは言い難く、いまだ無効と言うことはできないとして、競業行為の差止請求を認めた。」


[事実の概要]
X会社は、金属鋳造の際に使用する各種冶金副資材の製造販売を業とするもので、Y1は昭和33年に入社し昭和44年に退社するまで本社研究部で製品品質管理を担当した者、Y2は昭和33年に入社し昭和40年まで本社研究部で技術に関与し、さらに昭和44年に退社するまで大阪支社鋳造部本部で技術知識を有する販売員として製品販売業務に従事していた者であるが、Y1らは退職直後にA会社を設立してその取締役に就任し、競業(鋳造用副資材の製造販売)を行った。そこで、X会社は、Y1らに対し、金属鋳造用副資材の製造販売業務に従事しない旨の差し止め請求を行った。


[判決の要旨]
一般に雇用関係において、その就職に際して、あるいは在職中において、本件特約のような退職後における競業避止義務を含むような特約が結ばれることはしばしば行われることであるが、被用者に対し、退職後特定の職業につくことを禁ずるいわゆる競業禁止の特約は経済的弱者である被用者から生計の道を奪い、その生存を脅かす虞れがあると同時に被用者の職業選択の自由を制限し、又競争の制限による不当な独占の発生する虞れ等を伴うからその特約締結につき合理的な事情の存在することの立証がないときは一応営業の自由に対する干渉とみなされ、特にその特約が単に競争者の排除、抑制を目的とする場合には、公序良俗に反し無効であることは明らかである。従って被用者は、雇用中、様々の経験により、多くの知識・技能を修得することがあるが、これらが当時の同一業種の営業において普遍的なものである場合、即ち、被用者が他の使用者のもとにあっても同様に習得できるであろう一般的知識・技能を獲得したに止まる場合には、それらは被用者の一種の主観的財産を構成するのであってそのような知識・技能は被用者は雇用終了後大いにこれを活用して差し支えなく、これを禁ずることは単純な競争の制限にほかならず被用者の職業選択の自由を不当に制限するものであって公序良俗に反するというべきである。しかしながら、当該使用者のみが有する特殊な知識は使用者にとり一種の客観的財産であり、他人に譲渡しうる価値を有する点において右に述べた一般的知識・技能と全く性質を異にするものであり、これらはいわゆる営業上の秘密として営業の自由と並んで共に保護されるべき法益というべく、そのため一定の範囲において被用者の競業を禁ずる特約を結ぶことは十分合理性があるものというべきである。このような営業上の秘密としては、顧客等の人的関係、製品製造上の材料、製法等に関する技術的秘密等が考えられ、企業の性質により重点のおかれ方が異なるが、現代社会のように高度に工業化した社会においては、技術的秘密の財産的価値はきわめて大きいものがあり従って保護の必要性も大きいと考えられる。即ち技術的進歩、改革は一つには特許権・実用新案権等の無体財産権として保護されるが、これらの権利の周辺には特許権等の権利の内容にまでは取り入れられない様々の技術的秘密-ノウハウなど-が存在し、現実には両者相俟って活用されているというのが実情である。従ってこのような技術的秘密の開発・改良にも企業は大きな努力を払っているものであって、右のような技術的秘密は当該企業の重要な財産を構成するのである。従って右のような技術的秘密を保護するために当該使用者の営業の秘密を知り得る立場にあるもの、例えば技術の中枢部にタッチする職員に秘密保持義務を負わせ、又右秘密保持義務を実質的に担保するために退職後における一定期間、競業避止義務を負わせることは適法・有効と解するのを相当とする。<Y1はX会社研究部で原料の処方、温度等の諸条件の検討、製品検査に従事し、B製品の製法について特に知識のあること、Y2は研究部所属中はY1と同様の職務、大阪支社では営業部員への技術指導等に従事していたことを認定した上で>Y1ら両名は、X会社の技術的秘密を知り、知るべき地位にあつたと言うことができる。そしてY1ら両名が昭和44年6月X会社を退職すると、まもなく、同年8月29日にA会社が設立され、両名は取締役となり、直ちにX会社製品と同様の製品の製造販売活動を行つていること前認定のとおりであるのでY1ら両名の有する知識がA会社において大きな役割を果していることは十分推認できるところであり、従つて、Y1ら両名は、競業者たるA会社に対し、X会社の営業の秘密を漏洩し、或いは必然的に漏洩すべき立場にあると言え、X会社は本件特約に基いてY1らの競業行為を差止める権利を有するものといえる。競業の制限が合理的範囲を超え、Y1らの職業選択の自由等を不当に拘束し、同人の生存を脅かす場合には、その制限は、公序良俗に反し無効となることは言うまでもないが、この合理的範囲を確定するにあたつては、制限の期間、場所的範囲、制限の対象となる職種の範囲、代償の有無等について、債権者の利益(企業秘密の保護)、債務者の不利益(転職、再就職の不自由)及び社会的利害(独占集中の虞れ、それに伴う一般消費者の利害)の3つの視点に立つて慎重に検討していくことを要するところ、本件契約は制限期間は2年間という比較的短期間であり、制限の対象職種は債権者の営業目的である金属鋳造用副資材の製造販売と競業関係にある企業というのであつて、X会社の営業が化学金属工業の特殊な分野であることを考えると制限の対象は比較的狭いこと、場所的には無制限であるが、これはX会社の営業の秘密が技術的秘密である以上やむをえないと考えられ、退職後の制限に対する代償は支給されていないが、在職中、機密保持手当がY1ら両名に支給されていたこと既に判示したとおりであり、これらの事情を総合するときは、本件契約の競業の制限は合理的な範囲を超えているとは言い難く、他にY1らの主張事実を認めるに足りる疎明はない。従つて本件契約はいまだ無効と言うことはできない。