福岡セクシュアル・ハラスメント事件(職場環境配慮義務)

福岡セクシュアル・ハラスメント事件(福岡地裁平成4年4月16日判決)
「使用者は労働者との関係において社会通念上伴う義務として、労働者が労務に服する過程で生命及び健康を害しないよう職場環境等につき配慮すべき注意義務を負うほか、労務遂行に関連して労働者の人格的尊厳を侵しその労務提供に重大な支障を来たす事由が発生することを防ぎ、またはこれに適切に対処して、職場が労働者にとって働きやすい環境を保つよう配慮する注意義務もあるとされ、使用者の不法行為責任を認めた。」


[事実の概要]
Y会社は、学生向けの情報雑誌の発行等の業務を行う会社であり、Y1は、昭和60年6月にY会社に入社し、同年8月1日より編集長の地位にある者、Xは、昭和60年12月に当初はアルバイトとして、その後正社員としてYに勤務した、昭和63年5月25日、Y会社を退社した者である。Xは、Y1がXに関する性的悪評を振りまく等することによりXに対する嫌がらせを行うとともに、Xに対する周囲の評価や信用を失墜させ、Xを職場に居づらくさせて退職を余儀なくさせようとした等の行為が不法行為(Y会社に対しては予備的に債務不履行)に当たるとして、Y1及びY会社に対して損害賠償を請求した。


[判決の要旨]
Y1の一連の行動は、まとめてみると、一つは、Y会社の社内の関係者にXの私生活ことに異性関係に言及してそれが乱脈であるかのようにその性向を非難する発言をして働く女性としての評価を低下させた行為、二つは、Xの異性関係者の個人名を具体的に挙げて(特に、それらの者はすべてY会社の関係者であった。)、Y会社の内外の関係者に噂するなどし、Xに対する評価を低下させた行為であって、直接Xに対してその私生活の在り方をやゆする行為と併せて、いずれも異性関係等のXの個人的性生活をめぐるもので、働く女性としてのXの評価を低下させる行為であり、しかも、これらを上司であるA専務に真実であるかのように報告することによって、最終的にはXをY会社から退職せしめる結果にまで及んでいる。これらが、Xの意思に反し、その名誉感情その他の人格権を害するものであることは言うまでもない。また、Y1がXに対して昭和63年3月にした退職要求の後XとY1との対立が激化してアルバイト学生からもA専務に職場環境が悪いとの指摘が出されるほどになった等からも明らかなように、右の一連の行為は、Xの職場環境を悪化させる原因を構成するものともなったのである。<もっとも、Xの職場環境の悪化の原因には、Xの姿勢等も寄与して生じたXとY1との対立関係も大いに起因するとした上で、>このような状況の中では、相互に多少の中傷や誹謗が行われることはやむを得ないこととも考えられなくはない。しかしながら、現代社会の中における働く女性の地位や職場管理層を占める男性の間での女性観等に鑑みれば、本件においては、Xの異性関係を中心とした私生活に関する非難等が対立関係の解決や相手方放逐の手段ないしは方途として用いられたことに、その不法行為性を認めざるを得ない。してみると、Y1は、前記一連の行為について、Xに対し、不法行為責任を負うことを免れ難い。Y1のXに対する一連の行為はXの職場の上司としての立場からの職務の一環又はこれに関連するものとしてされたもので、その対象者も、X本人のほかは、Y1の上司、部下に該たる社員やアルバイト学生又はY会社の取引先の社員であるから、右一連の行為は、Y会社の「事業の執行に付き」行われたものと認められ、Y会社はY1の使用者として不法行為責任を負うことを免れない。Xは、A専務らの行為についてY1との共同不法行為が成立し、Y会社はこの点についても使用者責任を負うと主張するので、以下に検討する。使用者は、被用者との関係において社会通念上伴う義務として、被用者が労務に服する過程で生命及び健康を害しないよう職場環境等につき配慮すべき注意義務を負うが、そのほかにも、労務遂行に関連して被用者の人格的尊厳を侵しその労務提供に重大な支障を来す事由が発生することを防ぎ、又はこれに適切に対処して、職場が被用者にとって働きやすい環境を保つよう配慮する注意義務もあると解されるところ、被用者を選任監督する立場にある者が右注意義務を怠った場合には、右の立場にある者に被用者に対する不法行為が成立することがあり、使用者も民法715条により不法行為責任を負うことがあると解すべきである。A専務は、代表権はないもののY会社の実質上の最高責任者の地位にあったし、Y代表者は、文字どおり代表取締役であるから、いずれもXの上司として、その職場環境を良好に調整すべき義務を負う立場にあったものといえる。以上の経過によれば、A専務らにY会社の職場環境を調整しようとの姿勢は一応見られ、その対処もあながち不当とまでは断言できないけれども<中略>、早期に事実関係を確認する等して問題の性質に合った他の適切な職場環境調整の方途を探り、いずれかの退職という最悪の事態の発生を極力回避する方向で努力することに十分でないところがあったということができる。また、A専務が昭和63年5月24日にXと面談した際にも<中略>、同専務らは、Xの退職をもってよしとし、これによって問題の解決を図る心情を持ってことの処理に臨んだものと推察されてもやむを得ないものと思われる。そして、A専務らは、XとY1との関係悪化が現れた早期の段階から、主としてY1を通じて事情を認識しており、その行為についてY1の行為との関連性も認められる。以上のとおり、A専務らの行為についても、職場環境を調整するよう配慮する義務を怠り、また、憲法や関係法令上雇用関係において男女を平等に取り扱うべきであるにもかかわらず、主として女性であるXの譲歩、犠牲において職場関係を調整しようとした点において不法行為性が認められるから、Y会社は、右不法行為についても、使用者責任を負うものというベきである。