東海旅客鉄道(出向命令)事件(出向・人事権の濫用)

東海旅客鉄道(出向命令)事件(大阪地裁平成6年8月10日決定)
「出向先の作業が、肉体的・精神的に負担が重く、腰痛等の持病がある者にとっては、退職をも考えざるを得ないものであり、無効とされた。」


[事案の概要]
Y会社は、定年退職年齢を55歳から60歳に引き上げるが、54歳に達した日以降は原則として出向させる旨の労働協約(定年協定)に基づいて、X1らに出向を命じたところ、X1らは、本件出向命令につき、効力停止の仮処分を求めた。


[決定の要旨]
〈出向命令の根拠について〉疎明資料及び審尋の全趣旨によると、X1らが包括的に同意したのは、採用時の就業規則・出向規程による出向であって、復職を前提とするものであり、本件出向命令のように、定年退職時まで復職を認めないというようなものまでをも含む趣旨であったとはいい難い。X1らが採用された当時、Yが本件出向命令の根拠として強調する定年協定等はなく、X1らにおいて、定年に絡み、原則的に出向させられることがあるとは考えていなかったはずである。むしろ、就業規則では60歳をもって定年と定められ、同就業規則附則により当面は55歳をもって定年とするとされていたのであるから、原則出向による定年延長ではなく、なんの留保もない原則(60歳定年)の実施を期待していたとみるべきであろう。この間の経緯は、定年協定締結の際の労使間のやり取り等に照らしても明らかである。そうすると、採用時の就業規則に依拠して、X1らの個別的合意が不要であるとはいい難い〈中略〉。労働協約は、労働組合が組合員の意見を公正に代表して締結したと認められる限り、たとえ従前の労働条件を切り下げる内容のものであっても、およそそれが協約自治の限界を超えるようなものでない限り、換言すれば、既得権の放棄など特定の労働者に著しい不利益を強いるものでない限り、いわゆる規範的効力を有するものと解するのが相当である。労働協約に規範的効力が認められる所以は、労働者の団結権と集団的規制力ないし統制力に期待しこれを尊重することによって労働条件の統一的な引き上げを図ろうとするところにあるから、多数決原理が支配するのは理の当然であって、それ故にその効力を限定的に解すべきでない。〈Yは、就業規則により、60歳をもって定年と定めていたが、かなりの剰員を抱えていたため、就業規則附則により、当面55歳をもって定年と定めていたこと、60歳定年を確保すべく、54歳に達した日以降は原則として出向するものとする労働協約(以下、定年協定という。)を締結したこと、他の組合も全てほぼ同内容の協約を締結していることを認めた上で、〉原則出向という不満は残るにせよ、それは今後の課題であって、少なくとも「当面55歳」とされていた定年を「60歳」まで引き上げたものであり、総合的に見ると労働者に不利益な内容のものではなく〈中略〉、協約自治の限界を超えるものではないから、Y主張のとおり、定年協定には規範的効力があるというべきである。また、〈中略〉疎明資料及び審尋の全趣旨によると、定年協定が労働者の個別の合意を要求するものではないことは明らかである。〈人事権の濫用について〉定年協定は、出向という手段によって定年の延長を図ろうとしたものであるから、定年協定の趣旨に照らしても、また、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律等の精神に照らしても、恣意的な出向命令は許されるべきではなく、出向を命じるについては、(1)それ相当の業務上の必要性があること、(2)出向先の労働条件が出向者を事実上退職に追込むようなことになるものではないこと、(3)出向対象者の人選・出向先の選択等が差別的なものでないこと、と要するものと解すべきであり、これらの要件を欠く出向命令は、人事権の濫用として無効というべきである。〈(1)の点について、Yがかなりの剰員を抱えていること、9年間新規高卒者を採用していないことを認めた上で、〉新しい人材の採用は、企業の発展・存続に不可欠であるから、これを可能ならしめるための出向はやむを得ないところである。したがって、本件出向はやむを得ないところである。したがって、本件出向命令には、それ相応の業務上の必要性があるといってよい。〈(2)について、〉X1らの出向先の作業(X1の作業内容は、車両のゴミ回収、床面のモップがけ、トイレ掃除等であり、また、X2の作業は、コンコースのモップかけ、ホームの清掃等であり、週3回徹夜の勤務が連続して組まれている。)は、腰痛等の持病を持つ者にとっては、退職をも考えざるを得ないものであって、事実上出向者を退職に追込む余地のあるものであるところ、疎明資料及び審尋の全趣旨によると、X1とX2は、腰痛の持病(前者は、変形性脊椎症・腰椎椎間板症、後者は、椎間板ヘルニア)を持ち、X1においてはコルセットを常用せざるを得ない状況にあるものであり、また、X2においては、入院を余儀なくされた病歴があって、完治しておらず、増悪する危険性も否定できない状況にあるものであり、いずれも出向を命じられれば退職に追込まれるおそれがあるものと一応認められる。X1やX2は、健康状態に問題がないかの如き言動を時にはしているが、健康不良を理由に不利な扱いをされるのを慮ったものとみるべきであろう。本件におけるX1ら本人やその妻の訴えには切実なものがある。現に、X1は、コルセットを常用し、保険請求の関係で、Yに対し3回にわたって腰痛の持病がある旨の診断書を提出しているのであって、毎年全従業員に対しなされている調査表による一般的な調査ではなく、出向先の選別を意識した健康状態の調査がなされておれば、別異の言動がなされたはずである。そうすると、X1及びX2に関する本件出向命令は、前記要件を欠くから、人事権の濫用として無効というべきである。