日本電気事件(配置転換は無効)

日本電気事件(東京地裁昭和43年8月31日判決)
「労働協約に基づき会社は配置転換命令権を有しているが、家族に病人をかかえていることを考慮すると配置転換命令は無効とされた。」


[事案の概要]
Y会社は、広島営業所において、人員の補充の必要が生じたところ、当時東京に勤務していたXが適任と考え、Xに対して、広島支店への転勤を内示した。


Xが本件配転命令を拒否したところ、人事課長はXを呼んで、会社の転勤命令に従うよう説得すると同時に、住居の確保、別居手当の支給については十分考慮すると話したが、Xは考慮の余地なしと答えるのみであった。Xの兄は病気のため、歩行、食事はおろか、布団から起き上ることもできないような状態であり、またXの妹1は交通事故の後遺症等のため、勤めをやめ、当時は寝ていることが多く、さらに、Xの母は高血圧のため加療中であり、当時は、家事をやるのは気の向いた時ぐらいであった。そのように、当時X家で健康だったのは、Xおよび父のほか、当時中学3年在学中の妹2だけであったので、病人の面倒を見るのは父であったが、Xも帰宅後は家事、営業の手伝いや、看護等にあたっていて、父親の相談相手となっていた。さらに父の営む履物小売店のあげていた収益は、当時病人の世話等に手をとられることもあって、月々2万円にも満たず、そこでXは給与全額を家計の方に入れていた。Y会社と労働組合との間の労働協約18条1項は「会社は業務上必要があるときは組合員に対し職場職種の変更、転勤、出向等の異動を行なう」と規定し、また同条2項は「前項の場合は組合に通知する」と規定していた(この労働協約に附帯する覚書は、転勤等については「本人の事情を考慮して行う」旨定めている)。

[判決の要旨]
会社が全国各地に支店、営業所、工場を有し従業員約2万人を擁する会社であること、会社と前記組合らとの労働協約第18条には「会社は業務上必要があるときは組合員に対し職場、職種の変更、出向等の異動を行なう。」旨の規定があることは当事者間に争いがなく、〈中略〉同協約は最初昭和27年に制定され、順次部分的に修正されながらも継続して締結されているが、同協約18条および同条に関する覚書はいずれも当初より挿入されていたもので、これまで改訂されたことがないことおよび協約締結当時組合側はこの種の人事権が会社に属することを了解し、その後も同条項の解釈について組合と会社間において紛議を生じたことがなかったことを総合すると、会社とXがその提供する労務の種類、態様、場所等について特段の合意をしたことの立証のない本件においては、XとYとの雇傭契約は右労働協約によって律せられて、Xは、Xの学歴、職歴等の事情より見て雇傭契約の解釈上自ら生ずる一定の制約はあるにせよ、一般的には前記諸点については、Yの指示、命令に従って労務を提供する内容となっているものと認めるのが相当である。すなわち、XはYとの雇傭契約により、原則としてYに対しXの労務を提供すべき場所等を指定し、その労務を具体化する権限を委ねたものというべく、従って会社が右の権限に基いてする転勤等の命令は会社が一方的に意思表示をすることによってその法的効果を生ずるのが原則であって、必しもXの同意を必要とするものではないといわなければならない。従って会社がXに対し同人の承諾を得ることなく一方的に広島支店への転勤を命じたとしても、単にその故をもってその命令の効力を否定することはできない。しかしながら、右のような労働指揮権とでもいうべき権限の行使も絶対的なものではあり得ず、会社はその行使にあたっては、労働組合との間の労働協約等に定めがあればそれに従わねばならぬのは勿論、労使の間を規律する信義則や慣行に従うべきは当然のことであって、それらに反してなされた労働指揮権はその効果を生じないものとするのが相当である。ところで前記労働協約に附帯する覚書は、〈中略〉会社がその従業員に転勤等を命令するにつき、当該従業員と協議することまでを求めるものと解することはできないけれども、転勤等が当該従業員の生活等に大きな影響を与える場合のあることを考え、会社は転勤等を命令するについては会社側の都合だけでなく、当該従業員の個人的事情も無視することなく充分配慮することを明らかにしたものと解すべきである。そして、前記のような覚書の趣旨からすると、会社の考慮しなければならない「本人の事情」とは従業員自身の事情の外、本人の転勤に伴い影響を受ける家族との関係における本人の事情も特段の場合には考慮さるべき事情に含まれるものと解される。〈中略〉〈事案の概要にあるような〉事情の下においては、Xの転勤により取り残される家族との関係における事情も、前記覚書にいう本人の事情として会社は考慮すべきである。会社の広島支店においては営業担当男子職員、特に電子部品事業部関係担当者の補填を本社に要請し、それを受けて本社では、その要請に照らし電子部品事業部の営業部門よりその人員を選出することにし、その年令、経験の点からしてXを適任と判断したというのであるから、広島支店へXを転勤させる必要が大であったと認められる。もっとも、広島支店における業務内容、Xのそれまでの経験からすると、Xの広島支店への転勤が余人をもっては代替し得ないものであったとは認め難い(現に、Xに対する解雇通告後、広島支店へ補填されたのは電波機器事業部にいたAであり、同人は同支店において商品事業部関係を担当し、電子部品事業部関係はBが引続き担当した。)。他方、前記のような家族の状況からするとXが本件転勤命令に従って広島へ赴くことは経済的にも困窮を来すばかりでなく、同家族の生活が危機に瀕する虞があることは容易に推察し得るところであって、それを避けるためにはXは自ら退社して他に職を求めるか、広島への転勤命令を撤回して貰うかのいずれかの方法しかなかったと認められるところである。これに対し会社側はXに対し経済的条件について考慮する旨を通告していたのは前記認定のとおりであるが、Xの事情はその程度の経済的条件の考慮によっても解決し得ないものであることは前述の事情に照らし明らかである。なお、X自身も入社に際し、転勤すべき義務のあることを了解していたことは前記のとおりであるとしても、転勤し得ない労働者は採用しない旨会社が明示したなどの特段の事情のない限り、入社後の事情の変更により転勤し得なくなった従業員に転勤等を強いることは酷にすぎるものといわねばならない。以上判断したような会社のXに対する広島支店への転勤命令の必要性上、Xがそれに応じることによって受けるべき影響ならびに会社がそれらの事情を考慮すべきであることを比較考量すれば、本件転勤命令は著しく均衡を失しているものといわねばならず、したがってその転勤命令はその法的効果を生じないものと解するのが相当である。