三晃社事件(退職後の競業避止義務)

三晃社事件(最高裁昭和52年8月9日第二小法廷判決)
「退職金が功労報償的な性格を併せ有することにかんがみれば、同業他社に就職した退職労働者に支給すべき退職金の額を一般の自己都合の場合の半額と定める退職金規定は、公序良俗に反しないとされた。」


[事実の概要]
X会社は、広告代理業、出版、印刷、看板の製作等を営む株式会社であり、Yは、昭和38年にX会社に入社し、同48年にX会社を退職した者であるが、Yは、X会社の退職に際し、自己都合退職乗率に基づき計算された退職金64万8000円を受領し、今後同業他社に就職した場合には退職金規則の規定するところに従い受領した退職金の半額をX会社に返還する旨約した。また、X会社の退職金規程には、退職後同業他社へ転職のときは自己都合退職の半分の乗率で退職金が計算されることになっていた。Yは、X会社を退職後まもなくX会社と競業関係にあるA会社に入社し、X会社当時Yが担当していた顧客もA会社の顧客としているため、X会社は、Yに対し、退職金の半額の返還を請求した。


[判決の要旨]
原審の確定した事実関係のもとにおいては、Y会社が営業担当社員に対し退職後の同業他社への就職をある程度の期間制限することをもって直ちに社員の職業の自由等を不当に拘束するものとは認められず、したがって、Y会社がその退職金規則において、右制限に反して同業他社に就職した退職社員に支給すべき退職金につき、その点を考慮して、支給額を一般の自己都合による退職の場合の半額と定めることも、本件退職金が功労報償的な性格を併せ有することにかんがみれば、合理性のない措置であるとすることはできない。すなわち、この場合の退職金の定めは、制限違反の就職をしたことにより勤務中の功労に対する評価が減殺されて、退職金の権利そのものが一般の自己都合による退職の場合の半額の限度においてしか発生しないこととする趣旨であると解すべきであるから、右の定めは、その退職金が労働基準法上の賃金にあたるとしても、所論の同法3条、16条、24条及び民法90条等の規定にはなんら違反するものではない。以上と同旨の原審の判断は正当であって、原判決に所論の違法はなく、右違法のあることを前提とする所論違憲の主張は失当である。[原判決の要旨]X会社の退職金制度は全額使用者負担となっていて、従業員の積立金方式あるいは一種の共済方式によるものではないことがうかがわれる。かかる方式の下では、退職していく従業員に対しどの程度の退職金を支給するかは使用者側において或る程度裁量的に定め得るものと解される。退職金の支給額(率)につき、会社都合による退職と自己都合による退職とて差異を設けることは広く行なわれており、更に自己都合退職の場合でも法律の規定または公序良俗に違反しない限り、退職事由によって算定基準に差異を認めることも許されるものと解する。本件の場合、同業他社へ転職の場合は、単なる自己都合退職の際の半額しか退職金を支給しないという退職金規則の規定は、まさしく右に該当する場合の退職金の支給基準を定めたこととなり、その要件を充足するときは、退職金がその支給割合に応じた数額しか発生しないことを意味する。しかも、退職事由により退職金支給算定基準が異なることは、予めX会社従業員には周知され判明している以上、従業員において同業他社へ転職するか、他の企業へ行くか、そのまま残るかの利益、不利益を十分比較できるのであって、そのいずれを選択するかは専ら従業員の意思に委ねられているのである。もっとも、本件退職金規定の改定経過にかんがみると、X会社が退職金の支給額(率)に差異を設けることによって、従業員の足止めを図ろうとする意図は看取し得るけれども、だからといって原審判示の如く、直ちに右規定が実質的に損害賠償の予定(実質的に損害賠償の予定とするためには経済的にみて債権者が蒙むるであろう損害額と予定額との間に相当程度の関連性のあることを要するものと解されるところ、本件の場合両者間にほとんど実質的関連性は認められない。)を定めたものとして労基法16条に違反するものとはいえないし、また本件退職金制度による支給実態にかんがみ、この程度の減額支給が従業員に対する強い足止めになるとも考えられないので、これが民法90条に違反するとも断定できない。