明治図書出版事件(配置転換は無効)

明治図書出版事件(東京地裁平成14年12月27日決定)
「幹部候補として処遇されている労働者に対する転勤命令が、重症のアトピー性皮膚炎の子供がいること及び共稼ぎであることから、改正育休法26条の趣旨に反しているとして、無効とされた。」


[事実の概要]
Yは、教科書・学習参考書の出版等を主たる目的とする株式会社であり、東京本社のほか、大阪支社等がある。Yには、従業員で構成する全明治図書労働組合(以下、本件組合)がある。Xは、入社後2年半は営業職に従事したが、その後現在に至るまで約10年にわたって東京本社学習教材部門編集部2課に所属し、学習教材部編集者として勤務している。Aの就業規則6条は、「(1項)会社は業務上必要があるときは、従業員に異動を命ずることがある、(3項)従業員は正当の理由なくして、異動を拒んではならない」と規定されていた。Yは、平成14年5月7日、Xに対し、就業規則6条に基づき、大阪支社勤務を命ずる旨の業務命令(以下、本件転勤命令)を発した。しかし、Xは共働きの妻がいること、2人の子が重度のアトピー性皮膚炎で東京都内にある治療院に週2回通院していること、および将来的に両親の介護の必要があること等を理由に、本件転勤命令を拒否した。なお、Xは、本件転勤命令の発令に先立つ同年4月26日、本件組合に加入した。


[判決の要旨]
〈業務上の必要性の存否〉業務上の必要性があるというためには、当該配転先への異動が余人をもっては容易に変え難いといった高度の必要性に限定されるものではなく、企業の合理的運営に寄与する点が認められれば足りる。Yの大阪支社では、もともと一人の営業部員の担当範囲が広く、人員不足気味であったところ、平成13年6月に経験の長い営業部員2名が退社することとなったのであるから、Xが大阪支社の増員を行うことを計画したことには合理的根拠がある。そして、Yが設定した異動対象者の選定要素〈営業の経験があり、また入社後相当程度年数がたっていること、将来の適切な人的構成を実現すること、将来の学習参考書部門営業部の幹部となりうる者を養成すること等〉は、大阪支社の営業力の補充、効果的な人事管理、合理的な業務運営に資するという観点からは、極めて合理的なものである。したがって、大阪支社の営業部員の状況を背景に、前記選定要素に該当するXを異動対象と選定したことは合理的であり、その異動は企業であるYの合理的経営に寄与すると認められるから、本件転勤命令について、業務上の必要性があると認められる。〈特段の事情(本件転勤命令がXに対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであること等の事情)の存否〉Xは、総合職として採用された者であり、幹部候補として処遇されるべき地位にあるから、Yの販売網を把握すべく、転勤を予定された地位にあるということができる。そして、Yは、本件転勤命令の発令に際し、本件組合との団体交渉や本件審尋期日の場で、Xの転勤に伴う負担軽減のため、引っ越し代全額負担、仕度金支給、大阪での賃料の9割会社負担、単身赴任の場合月1回の帰京交通費支給等や、これとは別の月3万円の手当を支給することを申し出ており、Xが申し出ている不利益のうち、少なくとも金銭的な不利益については、相当程度の配慮を尽くしているといえる。しかしながら、Xに生ずる不利益は、金銭的なものだけではなく、妻が共働きであることを前提とした育児に関するものであると認められるところ〈中略〉、Xの二人の子がいずれも3歳以下であり、アトピー性皮膚炎であるのであるから、その育児に関する不利益〈中略〉は著しく、金銭的な補填では必ずしも十分な配慮といえないことを否定できない。〈中略〉〈改正育休法26条が定める配置転換にさいしての使用者の労働者に対する「子の養育又は家族の介護の状況に配慮」すべき義務は、それが「就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となる」ことについてであるからには、当然にそのような困難を強いる結果となる配置転換は行わないべきことを含むものと解さなければならないとのXの主張について、〉改正育休法26条は、労働者の子の養育や家族の介護の状況に対する配慮を事業主の義務としているところ、事業者の義務は「配慮しなければならない」義務であって、配転を行ってはならない義務を定めてはいないと解するのが相当である。しかしながら、改正育休法の制定経緯に照らすと、同条の「配慮」については、「配置の変更をしないといった配置そのものについての結果や労働者の育児や介護の負担を軽減するための積極的な措置を講ずることを事業主に求めるものではない」けれども、育児の負担がどの程度のものであるのか、これを回避するための方策はどのようなものがあるのかを、少なくとも当該労働者が配置転換を拒む態度を示しているときは、真摯に対応することを求めているものであり、既に配転命令を所与のものとして労働者に押しつけるような態度を一貫してとるような場合は、同条の趣旨に反し、その配転命令が権利の濫用として無効になることがあると解するのが相当である。本件についてみると、Yは、Xの大阪への異動について、金銭的配慮を講じる旨の申し出をしているものの、本件転勤命令を再検討することは一度もなかったのであり、総務部長のXへの打診の経緯や本件組合との交渉の経緯からすると、Yは、Xに大阪支社への転勤を内示した段階で、すでに本件転勤命令を所与のものとして、これにXが応じることのみを強く求めていたと認められる。したがって、YのXに対する対応は、改正育休法26条の趣旨に反しているといわざるを得ない。ひるがえって、本件転勤命令の業務上の必要性をみるに、本件では人員不足のために絶対に3名の補充が必要であったというわけではなく、X本人のための教育的配慮も相当程度あったのであるから、業務上の必要性が、やむを得ないほど高度なものであったとはいえない。以上を総合すると、Xについて生じている、共働きの夫婦における重症のアトピー性皮膚炎の子らの育児の不利益は、通常甘受すべき不利益を著しく超えるものであるというのが相当である。〈中略〉以上のとおり、本件転勤命令は、業務上の必要性が存するけれども、Xに対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるという特段の事情が存するから、就業規則6条3項の「正当な理由」があるといえ、本件転勤命令は権利の濫用として無効であるから、Xは、本件転勤命令に従って就労する義務がないと認めるのが相当である。