チェスコム秘書センター事件(退職後の競業避止義務)

チェスコム秘書センター事件(東京地裁平成5年1月28日判決)
「原則的には労働契約終了後に労働者は競業避止義務を負担するものではないが、労働契約継続中に獲得した取引の相手方に関する知識を利用して、使用者が取引継続中の者に働きかけをして競業を行うことは許されず、債務不履行が成立するとされた。なお、退職後の競業避止に係る特約はなかった。」


[事実の概要]
X会社は、電話による秘書代行業務等を行う会社であり、A会社は、人材派遣、業務代行等を目的とするX会社の子会社である。電話による秘書代行業務とは、顧客に転送機を購入してもらい、顧客の事務所等に着信した電話を転送機によってX会社の事務所に転送し、X会社のオペレーターが秘書として応対するものである。Yは、昭和62年にA会社に入社し、平成元年4月に退職するまでの間、X会社に出向して転送機の取り付け、修理、リース等の業務に従事していた。Yの両親は、同じく電話代行業務の営業を行うB会社を経営している。Yは、在職中及び退職後、X会社の顧客に対し、X会社との契約をB会社との契約に切り替えて欲しい旨の勧誘をした。そこで、X会社は、これを不法行為として、Yらに対し損害賠償を請求した。なお、X会社及びA会社の就業規則等には、競業避止義務を定めた規定はなかった。


[判決の要旨]
Yは、A会社と労働契約を締結して、X会社に出向していたのであるから、X会社に対して労働給付義務に付随する義務として服従義務、誠実義務、競業避止義務を負っていることはX会社主張のとおりである。したがって、<中略>(YがX会社に在職中の行為)は、労働契約上の債務不履行に該当する。問題は、労働契約終了後にいかなる義務を負担するかである。原則的には、営業の自由の観点からしても労働(雇傭)契約終了後はこれらの義務を負担するものではないというべきではあるが、すくなくとも、労働契約継続中に獲得した取引の相手方に関する知識を利用して、使用者が取引継続中のものに働きかけをして競業を行うことは許されないものと解するのが相当であり、そのような働きかけをした場合には、労働契約上の債務不履行となるものとみるべきである。右の観点から、本件についてこれをみると、(1)Xが行っているような態様の電話代行業務は、代行業務を必要とする顧客を発見し、その顧客に転送機を購入してもらうことがもっとも重要であること、(2)X会社はバスやタクシー広告等に相当の経費をかけて代行業務を必要とする顧客の発見に努めていること、(3)B会社では電話帳に広告を載せるほか、ダイレクトメールやテレコール等で宣伝をしていたが、これらの方法では殆ど顧客を獲得することはできなかったこと、(4)そこで、Yは、X会社の顧客であって、既に転送機を購入済みであることをX会社に在職中に知った相手方に対して訪問をして、X会社より低廉な料金を提示してX会社からB会社への切替えを勧誘する方法を採っていたこと。以上の各事実を認めることができる。右によれば、Yの各行為は、いずれもX会社に対する労働契約上の義務違反となる。