F社Z事業部(電子メール)事件(労働者の人格権の尊重)

F社Z事業部(電子メール)事件(東京地裁平成13年12月3日判決)
「社内ネットワークシステムにおける労働者の電子メールの監視については、監視の目的、手段及びその態様を総合考慮し、監視される側に生じた不利益とを比較衡量の上、社会通念上相当な範囲を逸脱した監視がなされた場合に限りプライバシーの侵害となるとし、本件監視行為はこれに該当せず、労働者らが法的保護(損害賠償)に価する重大なプライバシー侵害を受けたとはいえないとして、使用者の不法行為責任を認めなかった。」


[事実の概要]
Xは、平成9年10月からF社Z事業部において勤務している者であり、Yは、平成11年4月F社に入社し、同年5月から平成12年11月までZ事業部の事業部長を務めた者で、Xの上司に当たる。Xは、Yに対し、(1)XがYからセクシャルハラスメントを受けたこと(2)Xらの私的な電子メールをYが無断で閲読したことを理由として、不法行為に基づく損害賠償を求めた。


[判決の要旨]
<Xらの主張するセクシュアルハラスメント行為の事実のうち、Yが、Xを飲食に誘った事実はYによるセクシャルハラスメント行為であるとは認められず、不当な配置転換や退職を迫ったとの主張についても、認定の範囲ではいまだ嫌がらせ行為とは認められず、他の事実については認めるに足りる証拠がないとして>Yのセクシャルハラスメント行為を理由とするXの請求には理由がない。<YがXらの電子メールを閲読した当時、F社Z事業部において、社員による電子メールの私的使用の禁止が徹底されたことはなく、会社による私的電子メールの閲読の可能性等が社員に告知されたこともない等という事実関係のもとでは、>会社のネットワークシステムを用いた電子メールの私的使用に関する問題は、通常の電話装置におけるいわゆる私用電話の制限の問題とほぼ同様に考えることができる。すなわち、勤労者として社会生活を送る以上、日常の社会生活を営む上で通常必要な外部との連絡の着信先として会社の電話装置を用いることが許容されるのはもちろんのこと、さらに、会社における職務の遂行の妨げとならず、会社の経済的負担も極めて軽微な場合には、これらの外部からの連絡に適宜即応するために必要かつ合理的な限度の範囲内において、会社の電話装置を発信に用いることも社会通念上許容されていると解するべきであり、このことは、会社のネットワークシステムを用いた私的電子メールの送受信に関しても基本的に妥当するというべきである。社員の電子メールの私的利用が前記の範囲に止まるものである限り、その使用について社員に一切のプライバシー権がないとは言えない。しかしながら、その保守点検が原則として法的な守秘義務を負う電気通信事業者によって行われ、事前に特別な措置を講じない限り会話の内容そのものは即時に失われる通常の電話装置と異なり、社内ネットワークシステムを用いた電子メールの送受信については、一定の範囲でその通信内容等が社内ネットワークシステムのサーバーコンピューターや端末内に記録されるものであること、社内ネットワークシステムには当該会社の管理者が存在し、ネットワーク全体を適宜監視しながら保守を行っているのが通常であることに照らすと、利用者において、通常の電話装置の場合と全く同程度のプライバシー保護を期待することはできず、当該システムの具体的状況に応じた合理的な範囲での保護を期待し得るにとどまるものというべきである。F社では、会社の職務の遂行のため、従業員各人に電子メールのドメインネームとパスワードを割り当てており、このアドレスは社内で公開され、パスワードは各人の氏名をそのまま用いていたこと、実際に社内における従業員相互の連絡手段として電子メールシステムが多用され、必要な場合にはCC(カーボンコピー)と呼ばれる同時に複数の従業員に対して同一内容の電子メールを発信する方法等も用いられていたことが認められる。このような状況のもとで、従業員が社内ネットワークシステムを用いて電子メールを私的に使用する場合に期待し得るプライバシーの保護の範囲は、通常の電話装置における場合よりも相当程度低減されることを甘受すべきであり、職務上従業員の電子メールの私的使用を監視するような責任ある立場にない者が監視した場合、あるいは、責任ある立場にある者でも、これを監視する職務上の合理的必要性が全くないのに専ら個人的な好奇心等から監視した場合あるいは社内の管理部署その他の社内の第三者に対して監視の事実を秘匿したまま個人の恣意に基づく手段方法により監視した場合など、監視の目的、手段及びその態様等を総合考慮し、監視される側に生じた不利益とを比較衡量の上、社会通念上相当な範囲を逸脱した監視がなされた場合に限り、プライバシー権の侵害となると解するのが相当である。Yの地位及び監視の必要性については、一応これを認めることができる。もっとも、本件においては、セクシャルハラスメント行為の疑惑を受けているのがY本人であることから、事後の評価としては、Yによる監視行為は必ずしも適当ではなく、第三者によるのが妥当であったとはいえよう。しかしながら、YがZ事業部の最高責任者であったことは確かであり、かつ、他に適当な者があったと認めるに足りる証拠もないから、Yによる監視であることの一事をもって社会通念上相当でないと断じることはできない。また、Yが当初、独自に自己の端末からX及びA<Xの同僚>の電子メールを閲読したその方法は相当とはいえないが、3月6日以降は、担当部署に依頼して監視を続けており、全く個人的に監視行為を続けたわけでもない。これらに対し、Xらによる社内ネットワークを用いた電子メールの私的使用の程度は、前記の限度を超えているといわざるを得ず、Yによる電子メールの監視という事態を招いたことについてのX側の責任、結果として監視された電子メールの内容及び本件における全ての事実経過を総合考慮すると、Yによる監視行為が社会通念上相当な範囲を逸脱したものであったとまではいえず、Xらが法的保護(損害賠償)に値する重大なプライバシー侵害を受けたとはいえないというべきである。