株式会社丸一商店事件(募集の際の労働条件と実際の労働条件の相違)

株式会社丸一商店事件(大阪地裁平成10年10月30日判決)
「求人票記載の労働条件は、当事者間においてこれと異なる別段の合意をするなどの特段の事情がない限り、雇用契約の内容になるものと解すべきであるから、求人票記載のとおり、会社が退職金を支払うことが契約の内容になっていたとされた。」


[事案の概要]
1 Xは、平成2年5月31日から雇用され、以後平成9年9月末日に退職するまで、事務員として勤務していた。2 平成9年9月29日、会社Yは、Xに対し、「新しい従業員を雇ったので、残業をやめてくれ。残業をつけるならばその分ボーナスから差し引く」旨を告げた。Xが、これに難色を示すと、Yは翌9月30日「来月からは残業代は払えない。残業をしないか、それが嫌なら辞めてくれ」と告げた。Xは、これに対し、同日即時に辞める旨の意思表示をした。3 Yには退職金規程は存在せず、中小企業退職金共済法に基づく退職金共済制度その他の退職金共済制度にも加入していない。4 Yが職業安定所に対し提出した求人票には、「退職金有り」の記載があり、また、加入保険等の欄の「退職金共済」の文字に丸印が押されていた。Xは、この求人票をみて応募し、面接を経て採用された。そして、採用に際し、求人票と異なった労働条件等の説明は全くなかった。また、Xが勤務を開始してからしばらくして、YはXに、「2年以上勤務すれば3年目から退職金が出る」との趣旨の発言をしている。


[判決の要旨]
Xは、Yが今後残業代は支払えないと告げたのに対し、それではやっていけないと考え、自ら退職の意思表示をしたものと一応はいうことができる。しかしながら、Yの発言は、残業手当の請求権を将来にわたり放棄するか退職するかの二者択一を迫ったものであって、かかる状況でXが退職を選んだとしても、これはもはや自発的意思によるものであるとはいえないというべきであり、Yの発言は、実質的には、解雇の意思表示に該当するというべきである。 求人票は、求人者が労働条件を明示したうえで求職者の雇用契約締結の申込みを誘引するもので、求職者は、当然に求人票記載の労働条件が雇用契約の内容になることを前提に雇用契約締結の申込みをするのであるから、求人票記載の労働条件は、当事者間においてこれと異なる別段の合意をするなどの特段の事情がない限り、雇用契約の内容になるものと解すべきである。そして、前記認定の事実に照らせば、XとYの間で雇用契約締結に際し別段の合意がされた事実は認められず、Yも退職金を支払うことを前提とした発言をしていることに鑑みると、本件雇用契約においては、求人票記載のとおり、Yが退職金を支払うことが契約の内容になっていたと解される。本件では、求人票に退職金共済制度に加入することが明示されているのであるから、Yは、退職金共済制度に加入すべき労働契約上の義務を負っていたというべきであり、Xは、Yに対し、少なくとも、仮にYが退職金共済制度に加入していたとすればXが得られたであろう退職金と同額の退職金を請求する労働契約上の権利を有するというべきである。そして、退職金共済制度としては、明示がない限り、中退金制度を指すものと解すべきである。右見地から検討すると、掛金を自由に設定できる中退金制度においては、現実に加入していなかった以上、加入していた場合の退職金を仮定することは本来は不可能であるが、少なくとも、中小企業退職金共済法における最下限の掛金によって計算した退職金については、Yに支払義務があるということができる。 なお、Yは、Xが事務引継をせずに退職したことが、退職金不支給事由に該当する旨主張する。しかしながら、中退金制度に基づく退職金は、労働大臣の除外認定がない限り無条件に支給されるものである。また、前記のとおりXの退職は被告の解雇によるものと解すべきであるから、Xに引継の義務があったとはいえない。さらに、証拠(〈証拠・人証略〉)によれば、Xが退職したころは事務員は3名いたため、Xが退職しても直ちに事務に重大な支障をきたしたことはなく、せいぜい最初のうちは帳簿の置き場所やコンピュータの操作方法が分からなかった程度であることが認められるから、実質的に見ても、Xが事務引継を行わなかったことが、退職金請求権を失わせるほど重大な非違行為であるとは到底認められない。